089:交渉方針
【第四層群1階応接室】
「さて、使者の皆さんが揃ったら、今後の方針を話し合わないといけませんね。今度は総の遠征軍と戦う。なんてことになっても、このダンジョン、空き部屋が増えるだけです。」
「東は元から混乱していたが、総まで傾いたら、武蔵でも海賊が増えたり難民が押し寄せたりしかねないからな。幸い、東は予想されたような大混乱には陥っていないようだが。」
「会議の目的は、このダンジョンを近隣諸国に自立した勢力と認めさせることです。」
「誰も手出しできない。というのが望ましい。となると、必要なのは自衛できる武力と、周囲を黙らせる権威だな。」
「自衛できる実力を認めさせることは問題ありません。筑波内薬佑を撃退したという実績があります。」
実際には、敵将が有能なら対処できないのであるが。
「なら、あとは権威、官位だな。比企小森新戸三郎みたいな無位無冠では何を言っても説得力がない。」
もちろん三郎は諱ではなく仮名なので、三郎と呼ぶこと自体は失礼では無い。なお、修羅や獣人の場合は本名で呼んでも問題無い。
「官位ですか。どうやら、朝廷に献金して官位を貰う、って訳でも無さそうですね。」
朝廷があるのかどうかすら不明。
「実際の所、国司が五位か六位だから、そのあたりの適当な官位を自称して、それが通れば問題無い。さすがに近衛中将とか権中納言とかは自称しても高位すぎて笑われるだろうが。」
「ここは図書館都市ダンジョンですから、図書頭でも自称しましょう。」
国主や城主の官位は自称。配下は国主が官途状をばらまいて受領名が多用される影響で、かなりぐたぐた。
「それで、近隣諸国への利益供与ですが、短期的には、やはり殖えすぎた人間の引き取りが良いのでは無いかと思います。人間は繁殖力が異様に高いですから。このダンジョンの強化にもなりますし。」
「武蔵も人口殖えすぎて食料が不足しているからな。」
「もちろん、長期的には人口爆発自体を何とかしないと、いくら百万町の田畑があっても破滅します。マルサスの人口論……いえ、異世界の研究では、制約が少なければ人口は25年ごとに倍増します。10万人居れば100年で16倍の160万人、300年でざっと4億人、500年で1,000億人、千年後には10京人……考えたくありません。」
「そんなに増えるものなのか。」
「戦乱とか野盗とか飢饉とか疫病とかが無ければそうなります。とはいえ、今、人口制限を強制したら確実に一揆が起きますから、これは時間を掛けて対応するしか無いでしょう。」
「基本的に、一揆が起きるようなことはやったらダメだな。それに、このダンジョンは遠くからも見えるから、各国の使者だけで無く、各種の商人、僧侶や山伏や歩き巫女、傭兵に冒険者、もちろん忍び、様々な者が来るだろう。そうなると秩序を保つのはより大変になるから、変なことをして一揆を起こす危険は避けた方が良い。」
「確かに、農村部までも囲む長城で閉め出すというのも難しいですし、城壁無しでは道に関所を作っても迂回されるだけですからね。」
「あと、このダンジョンが米を量産して輸出する。というだけでも近隣諸国には利益になる。」
「ダンジョンで流通を統制する訳ではありませんが、年貢米は俸禄として支給されて生活費として売却されますし、年貢以外も売られますからね。結局米の生産が軌道に乗れば大量に市場に流れることになります。」
稲作農家は米を売って農機具や肥料、生活費にし、普段は裏作の麦を食べる。商品作物農家は米を買って年貢にする。江戸時代の石高は3,000万石だが、かなりの田が商品作物に使われていたため、実際の米の収穫量はその半分も無かった。もちろん自作農は飢饉でも無い限り別に飢えてはいない。




