084:植林。でも50年なんて待てない
【第四層群1階応接室】
「これはこれは、同志書記長。貴重な物ですが、杉の苗をお持ちしました。」
「越前屋よ、おぬしも悪よのぉ。」
「いえいえ、同志書記長ほどでは。」
「次は馬が欲しいの。おほほほ。……似合わないことをするものではありませんね。それで、この世界の木材の生産事情はどうなっていますか。」
越前屋の本業は燃料商だが、すっかり御用商人状態となり、マリーが必要な物をいろいろと持ってくる。
「この付近では組織的な林業は行われていません。水がありませんから。」
「木材は遠方から?」
「多いのはダンジョン産ですね。一部のダンジョンは木製の家具を産し、材木も薪もそれを利用します。ですが、そういうダンジョンはいずれモンスターも狩り尽くされ、家具も補充されなくなり、崩壊します。ここみたいに、安定的に燃料を産するダンジョンは珍しいのです。」
「家具ってけっこうコスト、えっと費用がかかりますから、家具を持ち出されたら補充が追いつかず収支が合わずに破綻したのでしょう。大抵のダンジョンマスターは知性がなく本能で生きていますから。」
「このダンジョンでも、最初、家具を産する、とされ、材木商や家具商も注目していたのですが、すぐに出なくなったのは、費用の問題があるので補充しなかったということでしたか。」
「そうですね。本棚壊して持っていくとか、本は読めずに焼くとか、まったく想定外でしたよ。わたしみたいな『知性のある』ダンジョンモンスターは最初から必要な知識を持っていますが、世界特有の細かい事情までは知りません。そして、このダンジョンは異世界の本は召喚出来ますが、この世界の本は手に入りませんから、情報の入手に制約があるのです。」
「同志書記長、もし本を入手する機会があればお持ちしましょうか。」
「いや、わたしが司書でしたら本を最優先するでしょうけど、今は優先順位は低めでかまいません。即急に生産基盤を確立しなければなりませんから。ただ、可能なら歴史でも地理でも資料があると助かります。」
「それで同志書記長は林業を?」
「気候的に明らかに木材生産には向きませんし、文化的に明らかに木材を多用しますから、需要は間違い無くあります。50年かかる。というのが問題ですが。……杉なら檜ファミリーの修羅でも召喚出来れば成長を加速できるとは思うのですが……。ただ、修羅の科同士って、マフィアの一家みたいに互いに仲悪いんですよね……。そもそも修羅道って争いの世界ですし。」
「『マフィア』や『ファミリー』という単語は分かりませんが、修羅道も大変ですね。」
「檜ファミリーは図体だけ大きい原始的な裸子植物ですから、まだ、自称『高等種族』の蘭ファミリーとか、自称『最も進化し、最も分化している一族』の菊ファミリーみたいに厚かましくないだけマシですが。蘭なんて巨大『オルキス』ぶら下げた下品な種族ですよ。厚かましさなら薔薇ファミリーも大概で、特に薔薇属なんてイケメンぶって花束とか出して来るそうで。……あ~、修羅の事情です。越前屋さんを巻き込むつもりはありません。」
マリーも修羅なので、無自覚に他の科を見下していたりする。
「池麺? 丸太は家具以上に貴重ですからね。残念ながら50年後では越前屋は代替わりしていますが。」
「それまでに、安定して木材を産するダンジョンでも出てきたら、商売あがったりですけどね。でも、ダンジョンマスターは大抵は知性がないので、たぶん長くは存続できないでしょう。」
「これは以前聞いた話で確認は取れていませんが、かつて洞窟の奥に天井から光が降り注ぐ森を持つダンジョンがあったとのことです。」
「その話、『ダンジョン大百科』にも書かれていました。」
「木材は貴重ですから、多くの冒険者がダンジョンに乗り込み、端から木を伐り出したとのことです。最初のうちは木を伐って薬草を採集してもすぐに生えていたため、冒険者に加え材木商や薬商達までダンジョン内に住み着いて村を作ったのですが、やがて木が生えなくなり、天井も徐々に薄暗くなり、木を切り尽くした所でダンジョンの天井が突如崩れ落ち、多くの人が生き埋めになったそうです。」
「ダンジョン構造物はダンジョンの力で維持されていますから、ダンジョンが消滅したら、そんな巨大な地下空間、当然崩壊するでしょうね。普通の洞窟なら残るかもしれませんが。」
「そして、そのダンジョンから薬草などを持ち出した人もいましたが、どれも育たなかったとのことです。」
「ダンジョンの動植物は、モンスターでも背景扱いでも厳密な意味では生きていませんから、ダンジョン外では当然育ちません。名前付きモンスターならダンジョン外でも生きられますが。」
「同志書記長、今でも『丹沢ヒルズ』という木材を産する森ダンジョンはありますが、不便な場所で蛭や蚊やダニなど不快な吸血動物が多い場所なので開発は行われていません。なにしろ有名な俳句に『手の上の 蛭と一緒に 昼ご飯』とあるくらいです。」
この世界、基本は1日2食だが肉体労働者は昼食、遊び人は夜食が加わり3食となる。
「森ダンジョンですか。制圧して植物を名前付きモンスターにして持ち出せば増やせそうですね。これは長期的課題と。で、丹沢ヒルズはどの辺です?」
「南の相撲の国の奥の方です。」
「サガミじゃ無いんだ……。」
「ガザミ? ダンジョンモンスターですか。」
海が無いのでカニはダンジョンにしか居ない。
「いえ、異世界での呼び方ですね。丹沢ヒルズの他に森ダンジョンは無いのですか。」
「総の南国境、望陀の奥の方にも森ダンジョンがあるそうですが、よく分かりません。」




