082:果樹園をつくろう
【第三層群玄関前広場】
殖えすぎた要らない人間を引き取る代わりに代官から果樹の苗を手に入れたマリーは、それらを丘の斜面の果樹園と、第三層群玄関前の広場に植え付けている。第三層群はいつの間にか上空15kmの成層圏となっているが、ダンジョンの固有法則なのか気圧や温度はまとも。
「収穫まで、梅や栗は3~4年、柿は5~6年といったところでしょう。」
「果樹自体も増やさないといけないな。」
「マスター、柿は『根伏せ』と言って伸びた根を切り取って植え付け発根させることで大量に増やすことが出来ます。ですから、かなり早くに量産可能でしょう。ですが、梅の挿し木は難しいですし、栗に至っては通常のやり方では挿し木は不可能です。もし種から苗を作るなら、量産には時間がかかります。」
「まず柿か。」
「注意点は、種から作った苗は親とは違う品種になります。例えば、猿蟹合戦の絵本教材に付いてくる柿の種は成長しないと甘柿か渋柿か分からないロシアンルーレットです。また、接木苗の場合、根伏せで増えるのは当然台木ですから、特定の品種を増やしたい時は増やした苗への接木が必要になります。」
なお、修羅は味が分からないためか、渋み成分のタンニンは普通に植物が含む成分なためか、渋柿も平気。
「マリーさん、今無い品種や数が足りない分は?」
「マスターのビールと交換で、冒険者や商人から随時苗を入手する方針です。」
「何か冷蔵庫のビールがいつも無いと思ったら……」
このダンジョンマスターの主食はブラックコーヒー・缶ビール・チューハイなど。いずれも夏場は熱中症対策にも活躍する優れもの。ただし、人間の場合は逆効果になる危険がある。
「この地方、水が悪いのかろくな酒が作れませんからね。特にビールは他に入手手段が無いのか好評です。」
ビールは麦芽・ホップ・水(と酵母)のみで生産されるので、一見単純に見えるが生産は面倒。
「確かここ『図書館』ダンジョンだったよな。で、産出品が燃料とビール?」
「あと、ダンジョン影響圏内でのみ使いますが、肥料ですね。これも状況に応じた試行錯誤の結果です。」
「行き当たりばったりか。」
「果樹の品種の特定は出来ないのか?」
「DNAを検査する実験器具もありませんし、実が付くまで出来ませんね。例えば柿は1000種類もあり、地域により同じ品種が別の名前だったり、別の品種が同じ名前だったりもします。この地方は文明レベルでは体系的な品種の管理なんて行われていないと思われます。」
「やっぱり、本の知識だけでは何かと無理があるか。」
「工場などの現場に依存した生産技術がありませんからね。どこぞの宗教が兵器を生産しようとして優秀な科学者を集めたものの、工業高校卒の技術者が居なかったので量産に失敗した。なんて事件もあります。」
「それでは、まるで邪教じゃ無いか。」
「ダンジョンもまた生贄の血を欲する邪教みたいなもので、何事も光があれば影もあるものです。」
「いっそ、開き直って邪教宣言してしまうとか?」
「それは今の時点ではやめたほうが良いでしょう。いくら技術レベルに差があると言っても、この世界の人々の武勇や思考が劣っている訳ではありませんから、まともな武将相手にダンジョン都市を守り切るのは困難です。地道に賊程度を狩るのが良いでしょう。まぁ世の中、大部隊の指揮官なのに頭が残念なヒキガエルも居ましたが、ああいう幸運には期待しないことです。」
「コアルームは『関係者以外立入禁止』といっても、籠城にも限界があるからなぁ。」
「人間牧場である以上、多数の住民を住まわせ、食べさせなければなりません。ダンジョンの外に広がる広大な田畑が最大の弱点になります。影響圏全体を囲い込む万里長城は費用対効果が悪すぎますし。」
「『守るべきもの』が増えるのも課題がある。か。『富国強兵では破綻し、貧国弱兵には目立ちすぎる』だったな。」
「ダンジョン全体でもそうですが、個々の住民も私有財産が増えてきますからね。そろそろラージャに頼んでいる司法制度も必要になってくるでしょう。今みたいに殺人は死刑・傷害は体罰・泥棒は弁償といった簡単な布告だけでは済まなくなります。」
「あの六法全書を全部、この世界に合うように作り直すのか……。ラージャさんも大変だな。」
「先ほどの柿に関しては、猿蟹合戦では猿に復讐した蟹は裁判にかけられ死刑になりましたが、法が無いと、猿の親族が蟹を襲うとか、際限ない報復の連鎖を引き起こす危険もありますからね。」
「え、蟹は死刑になったのか。」
「近代法治国家では無制限の私的報復を認める訳にはいきませんからね。」




