080:大宮市の地図があれば大丈夫?
【コアルーム】
「大規模営農も集団農場も無理っぽいので、この付近の従来の農村システムを流用します。」
「慣れないやり方だと一揆が起きるんだったな。」
「この地域は労農ロシアではありませんから。ロシア人は外婚制共同体家族なので集団農場に向くのでしょう。まず、この付近の村の規模は江戸時代同様に50~80戸程度。人口は200~400人程度。この村が年貢納入の単位となります。管理のことを考えてもその程度が適正規模でしょう。」
「村が基本になる訳か。」
「はい。そして、義務教育制度も考えましたが、そもそも教師が居ませんし、急ぎすぎると学制反対一揆が起きかねないので、どっちみち寺請制度に必要な僧侶や、おそらく集まって来るであろう浪人などを教師としダンジョンから費用を補助します。そして、情勢が落ち着いたら明治の町村制に倣って小学校を300~500戸に1つ設置します。だいたい5つ程度の村に1つの小学校という計算でしょうか。明治時代には町村制により行政村が設置されましたが、村と呼ぶと紛らわしいので呼び方は後で考えます。」
「いずれは全員に読み書きと?」
「さすがに、わたしは識字率100%なんて無茶は言いません。このダンジョンは知識に関する感情がエネルギー変換効率が高いので識字率は高い方が望ましいのですが、どうしても知能の制約や機能的非識字の問題はつきまといますし、現実的には7~8割でよしとしましょう。」
「それで、農家1戸あたりの農地面積で村の配置が決まると。」
「そうなります。田畑も水路もダンジョン構造物なので江戸時代より広い農地を管理出来ます。でも、田植えや稲刈りは人手が必要ですから、村全体で廻せる範囲に抑えないといけません。そうなると1戸あたり2~3町歩くらいでしょう。それだと村の配置は概ね半里より狭い程度で田畑は200町歩程度。小学校の配置間隔は1里程度になるでしょうか。」
「等間隔に置いていくと。」
「いえ、既存の地形を無視して土地を均すのは、あまりにもダンジョンエネルギーを浪費しますから、地形に合わせます。」
マリーは地図の上に村の予定位置を書き込んでいく。
「ダンジョンの各門には宿場や市場を兼ねた町を置きます。これは門と同じ名前、西が上小町、北西が大成町、北東が土手町、南東が吉敷町、南西は今のところ無し。で良いでしょう。」
「覚えきれないな。」
「東の芝川、西の鴨川までの農地は、これらの町に割り当てます。町村制の地図に無理矢理当てはめるなら、大宮町・並木村の東2/3・日進村南部・与野町北端部。といったイメージでしょう。」
「地形は一致しないから、無理矢理って状態だな。」
「それは仕方ありません。で、先行開発する西方向の場合、鴨川の西は地図では並木村の残り、指扇村、馬宮村、古谷村……と並んでいます。まぁ、並木村はすぐに三橋村に改名、馬宮は由緒の無い合成地名、古谷は足立郡では無いとか言った問題はありますが。」
「ざっくり命名していくと。」
「そうですね。あまり考えずに。ただ、これらの村は明治の行政村で、江戸時代の村ではありません。江戸時代は三反百姓とか五反百姓とか農地が狭い農家が多かったですが、このダンジョンでは田畑を広めに配りますので村が広くなります。」
「距離を考えずに、位置関係だけ考えて命名するとか。」
「それも手です。ただ、東方向とか既に命名した涸れ谷と整合性が取れなくなります。あと、地名が変わって江戸時代の村の名前をうまく拾えない場所もあります。例えば鴨川の西は下内野村ですが、今の地図では範囲は分かりづらくなっています。」
「せっかくここは図書館ダンジョンなんだし、それこそ図書館で大宮の郷土資料を召喚して調べるとか。」
「この世界自体、別に江戸時代の埼玉の完全な複製でも無いですから、そこまで厳密にする必要も無いでしょう。江戸時代には無かったはずの明治初期の和製漢語がけっこう使われていたりしますし。」
「異世界転生者でも居るんだろうか。」
「ダンジョン大百科に学園召喚の項目がありますから、輪廻転生か複製召喚か、そういう例はあったのでしょう。確かに技術には20世紀や21世紀の物は見当たりませんが、産業基盤が無い以上、異世界から進んだ技術を持ち込むことは極めて困難です。この図書館都市ダンジョンだって、スーパー薄荷のミントが居なかったらどうなっていたことやら。」
輪廻転生は元の人物が死亡して転生するため死体が残る。複製召喚は元の人物はそのままで複製を召喚。だが、元の世界から肉体ごと召喚したり、生贄を使う死体憑依召喚は死者の場合もあったり、あまり厳密に定義はされていない。
「いろいろと難しいな。いっそ村の名前は入植者に任せるとか。」
「それが一番楽ですが、弊害もあります。悪い例がアメリカですね。ニューなんとか、とか聖書から引いてきたりとか、同名の町がいくつもあったりとか。北海道にもそういう地名はありますが、アイヌ語由来が多いのでそこまで目立ちません。」
「え~と、このあたりは足立だったな。異世界の北足立郡ではなく、この世界の足立にも細かい地名は無いのかな。」
「さぁ。無人地帯でしたからね。でも、この付近、有史以前から無人だったのでしょうか。」
「東の方に遺跡はあったな。昔は足立代官所とかあったんだろうか。」
「どうなのでしょう。残念ながら図書館で調べるわけにはいきませんからね。」




