079:旧弊な社会システムの再度デザイン
【コアルーム】
「社会自体がこういうシステムの所で、このダンジョンは大々的に農地を開発して入植者を集めている訳ですが、開拓者達は当然のように自分の田畑が貰えると考えています。」
「これで、将来のために大規模経営の国営農場とか試みた日には……。」
「100%一揆が起きます。」
「100……。」
「しかも、代官など既存の統治機構に対する一揆は、基本的に集団示威行為で武器は持たず農具を振りかざすものですが、このダンジョンの場合、一揆がわたし達の首を獲りに来る危険があります。いくら兵農分離で刀狩りが行われていると言っても、農村には多量に武器があり、このダンジョンにも刀や槍から弓や鉄砲まで多数の武器が持ち込まれています。持ち主が居ないならダンジョンの機能で没収出来るのですが……。」
この世界で禁止されているのは名字を公的に名乗ることと武器を持ち歩くこと。なお、第二次世界大戦が起きなかった異世界では、鉄砲こそほぼ根絶されたものの、刀はそこら中にある。
「冒険者がダンジョン攻略するときに武器を持ち込むのと一緒だからか。仮にコアルームに立て籠もったところで住民が逃散でもしたらダンジョンは維持出来ない。」
そんなダンジョンにしてしまったマスターとマリーが悪い訳だが。
「そして、土地政策と家族制度が直結していて、小農経営と単婚小家族(核家族では無く直系家族)が基本ですから、せっかくの新社会だからと、何か革命的な家族制度の導入、あるいは『家族』の廃止。なんてことは無謀だと分かりました。」
これがアメリカ西部の開発なら、小農経営と単婚核家族が基本。
「結局、住民がこの付近の人間である以上、制度もこの付近に引きずられる。ってことか。」
「そういうわけで、より優れた制度は無いか、と模索しても、良い結果にはなりません。それこそ、アメリカのホームステッド法でも見習って、5年住んだら土地所有を認める。とか割り切った方が良いでしょう。」
「あれ、けっこう広い土地だよな。」
「1区画160エーカー、65ヘクタールですね。ですが、手間がかかる稲作では65ヘクタールだと馬どころかトラクターが必要ですから、いくら水田をダンジョン構造物にしても大規模化は制約されます。」
「農地1ヘクタールか2ヘクタールあたりが精々なのかな。トラクターの目処も立たないんだろ。」
「水田そのものをダンジョン構造物にすれば維持の手間は大幅に省けますから、もう少し大きく出来るでしょう。それにしても、都合良く農機具工場ダンジョンとかあれば良いのですが、期待できません。そして、ダンジョンでは無い農機具工場だと部品が手に入らないという問題が起きます。自力で作るなら、今は産業基盤が全くありませんから、おそらく十年単位の年数と十万人単位の工場労働者が必要でしょう。」
「仮に工場労働者が100万として、総人口は?」
「製造業3割の工業国で労働力率5割なら人口は670万人、670万石は反収1石の下田でも670万反つまり67万町、百万町歩に収まりますね。」
「マリーさん、何か行けそうな気がしてきたな。でも、当面は分かりやすく1町か2町づつばらまくのが確実かな。そうすれば入植者も一揆とか言わないだろう。」
「ダンジョン都市なので年貢が安めでも維持出来ますからね。別に悪政はしませんし、年貢が安ければそうそう文句は言われないものです。」
江戸時代、まともな統治が行われている場合、年貢率は公称4~6割で裏作の麦とか野菜とかには課税されない。なお、輪島や岸和田のような交易・工業・商品作物中心の地帯では、公称年貢率を九公一民として民衆は米を買ってきて年貢を納める。
「騎士団には郎党も必要だし知行与えた方が楽だが、一般のサムライは禄米として、商人等への支払いも含め、どの程度の年貢率が必要だろうか。」
「最初は田畑の収量も下田の反収1石程度でしょうから、何のかんの言って四公六民になるでしょう。でも、これでは訴求力ありませんね。燃料本やビールなどと年貢以外の収入源を何か考えないといけません。」
「年貢の計算と割り当ては面倒だな。屋敷地とか実際には収穫は無いわけだし。」
「え、そんなの要りませんよ。村ごとの年貢を計算して丸投げしておけば、村が独自に年貢をまとめて納めます。村役人も百姓が入れ札、つまり選挙で決めるので、指名する必要すらありません。逆に言えば、そこに政府が口を挟むと……。」
「一揆と言う訳か。」
まさに地租改正反対一揆がこれ。
「放っておけば勝手に自治してくれますから、楽と言えば楽なのですが。ただ、村同士が揉めたりしたら仲裁は必要ですね。」




