070:入植者第四陣……なし
【霞ヶ関】
「何だ、あれは。」
入間代官、吉田西市佑は、朝日に照らされ東の地平線に立つ塔を呆然と眺めていた。
以前から、霞ヶ関の東の地平線には塔型ダンジョンがわずかに頭を見せていたが、突如天にも届きそうな背が高い塔となっている。
「何かとんでもないことが起きたに違いない。」
代官所は多忙だが人数は少ない。入間は大したダンジョンは無い地域のためダンジョンに詳しい者はおらず、専門家の意見を聞くことも出来ない。
「あの高さだと、相当遠くから見える。間違い無く府中からも使いの者が来るはずだ。もし戻る前に彼らが来たなら、足立に行っていると伝えてくれ。急ぎだ。馬を出す。」
入間代官所には馬は2頭しか居ないため、今回西市佑に付き従う部下は1人のみ。もちろん馬獣人ではなく動物の馬。
【国府台】
総の国、国府台。総の国主、上総介もまた、遠く北西にある塔を呆然と眺めていた。筑波内薬佑が傭兵や冒険者を集め、足立にあるダンジョンの制圧に向かった。というのは知っていたが、ダンジョンが大きく成長しているということは、作戦は無残な失敗に終わったということであろう。
「ダンジョン災害だな。散位助、足立のダンジョンに住み着いた海賊が内薬佑を撃退した。と見て良いだろう。被害はどの程度だと思うか。」
「おそらく壊滅でしょう。あれほどの高さのダンジョンなど見たことも聞いたこともありません。」
三浦散位助が答える。
「何らかの原因で大量に死者が出た場合、ダンジョンが暴走し急速に肥大化し、大抵は崩壊する。まったく、武蔵守は何をしている。海賊を野放しにして。」
崩壊するのは急成長により収支バランスが崩れるため。ダンジョンマスターに知能があり収支を管理している場合は別。
「食糧など生活必需品を産するダンジョンは人々の生活に重要であり、代官は海賊などが住み着かないよう管理する責務があるのですが、足立は無人で代官が居ませんし、あのダンジョンが産するのは燃料とは言え所詮紙なので優先度は低く、放置していたのでしょう。せめて隣の入間代官が一度でもきちんと調査していれば、こうなる前に危険性を把握できたのでしょうが。」
「結果論だが為政者失格だな。」
総には情報は伝わっておらず、入間代官とダンジョンの関係は知られていない。
「閣下、ダンジョンに海賊が住み着いただけでは済まない可能性があります。遠眼鏡という道具をご存じでしょう。」
「ああ、高価なくせに女の着替えを覗く役にしか立たない品物だな。」
「閣下も某も男ですのでその認識で間違いありませんが、女は遠眼鏡で景色を見ることが出来ますから、海賊に女が居れば、あの塔からこちらの様子を覗くことも可能です。」
望遠鏡で女は景色しか見てはならず、男は女しか見てはならない。というのが常識。なお、江戸時代の美人画でも基本的には同様となっている。
「つまり、海賊はこちらの手勢を見つつ手薄な場所を狙って襲撃することが可能と言うことか。」
「そうなります。幸い、この国府台は総の国でも足立に近い場所にありますから、後方の印旛などを狙われる危険は低いでしょう。ですが、北方の猿島・豊田や葛飾の北部が荒らされる危険があります。」
「ここから足立ダンジョンまでは遠いし制圧するのも大変だぞ。」
「制圧するのは武蔵守殿の仕事ですが、降りかかる火の粉は払わないといけません。今後のためにも、筑波がどう攻めてどう負けたのか、筑波内薬佑殿に聞かなければなりません。」
「筑波には使いを出す。どう負けたか答えないかもしれないが。あと、岡本主油正を足立に送り、何が起きているか確認させる。くれぐれもダンジョンには近づきすぎるな。ダンジョン廻りの影響圏に入ると海賊に何をされるか分からないからな。」
「殿、どこまでが影響圏なのか分かるものなのですか。」
「正直、分からない。慎重に行くしかあるまい。ダンジョンに関しては分からないことが多いからな。この近くの中山競馬場ダンジョンもだいぶ衰退して、麦も不作だったしカボチャの育ちも悪いが、原因は分からない。」
ダンジョンは人間の感情と生命をエネルギー源にするが、賭博に関する感情が効果的な競馬場ダンジョンを、水が得られるからと畑にしてしまえば、ダンジョンが得るエネルギーは不足してしまう。
【筑波】
さすがにこの距離では図書館都市ダンジョンは細すぎて判別出来ないが、西の地平線で朝日を反射してキラキラ光るのは分かる。内薬佑が負けたとか、さらには首を獲られたとかの流言飛語が流れ、筑波は大混乱に陥っていた。
こうして、図書館都市ダンジョンの急成長は周辺に波乱を巻き起こした。なお、近隣からの流入は続いているが、今回は特記すべき移民は来ていない。




