069:どうしてこうなった
【第三層群屋上展望台】
「♪地上~30メートルの~青き森の頂~。」
マリーは普段は括っている髪を解いて風に靡かせ、白系の半袖シャツと膝下の明るい青のスカートという普段と違う服装で、あまり上手くない歌を歌っている。でも、ここは30mどころか空の色が青黒く見えるほどの高空。
「あの……マリーさん、これはいったい……。」
「マスター、調子に乗って、手持ちダンジョンエネルギー使い切ってしまいました。」
「いったい何メートルあるんだ。」
「10kmくらい、でしょうか。わたしも覚えていません。」
「マリーさん、高さのわりに、空気が薄くも無いし風も強くは無いな。」
1mほどの世界樹かマリーの髪かは判別出来ないが、かすかにローズマリの香りが漂っている。
「図書館って要は『人間が滞在する施設』ですから、ある程度は気圧や気温や風の影響を緩和できるのでしょうか。ダンジョンといえども高くなりすぎると空気が薄く高山病に、深くなりすぎると地熱でサウナになるはずですから、普通はこんなことになる前に気付くはずですが。」
【コアルーム】
ホワイトボードにダンジョンの層群一覧が映し出される。
「一覧表見るだけで目が痛くなってくる。何層群あるのか数えるのも嫌になる。」
「63道庁県市、つまり1道5庁51県6市の図書館を全て、『図書館率』が低い複合施設を含め大型の市立図書館を265、分館が151、初期の3層群、合計482層群3,520階で高さ15km。計算上周囲440kmを観察可能です。さすがに遠すぎて望遠鏡でも直接観察は出来ませんが、この範囲内なら電波が届くのでドローンによる偵察が可能になります。なお、階数は塔屋や屋根裏、あるいは地下機械室の数え方によってはもう少し多くなると思われます。」
55都道府県ではなく63道庁県市なのは、六大都市が特別市で県とは別になっており、台湾5県3庁・樺太庁・南洋庁がある世界に準拠しているため。なお、初代総理大臣の死因は腹上死で大韓帝国は何のかんの言いつつ存続した。
「400って……確か商都梅田が5層群だったか。」
「梅田・名古屋・池袋・新宿・渋谷で、第六層群以降は存在の有無を含め不明ですね。ただ、商都梅田は各層群が直径1kmくらいあり複数の階がありますから、層群の規模がかなり大きくなっています。」
「面積では最大では無いか。」
「延床面積640万㎡は半径1.4km相当で城壁内より少し広い程度です。山岳とか砂漠とかのダンジョンはもっと広いのもありますね。」
「見ていると、かなり図書館率が低い施設もあるな。」
「以前は図書館の割合が低い建物は召喚不可能でしたが、今回『1棟で150mあって300戸とか600戸とかのマンションが付いてくる図書館』なども召喚しています。残念ながら、建物だけで家具などの備品はありませんが、これは仕様ですからしかたありません。」
「でも、書庫や閲覧室のほとんども住宅や店舗や倉庫に転用するんだよな。」
「必ずしも名前と実態は一致しなくても良いでしょう。東横の学芸大学駅と市立大学駅みたいに実態とかけ離れた名前ってありますからね。このダンジョンも現状どう見ても図書館では無いですし。」
「『図書館都市ダンジョン』って本来……。」
「複数の異世界から億を超える書籍や無数の雑誌・新聞等を召喚するダンジョンであり、この世界の神話・伝承・冒険記から創作物語や詩歌まで様々な情報を集積・書籍化する図書館であり、学者達をはじめとする多数の住民が生活する都市である。」
「書籍はマリーさんの私物程度だし、情報収集は不十分だし、学者……サピエン先生はむしろ医者だし住民でも無いし。」
「そもそも、このダンジョンの『運営理念』からして『物心共に健康で豊かな生活を実現する』で図書館の『と』の字もありません。人間牧場用に、飼っている人間から最大の感情エネルギーを搾り取る。ってのを美辞麗句に置き換えただけですが。」
これ、まさに悪い企業理念の典型例で、具体的な行動指針が無く陳腐かつ抽象的。
「まぁそれはそれでヨシ! それにしても、もう層群番号を覚えきれないな。」
「名前付けた方が分かりやすいでしょうね。例えば一番下の第四層群は『はかた』、すぐ上の第58層群は沖縄なので……。」
最初から思いっきり間違っている。刺し殺されても文句言われないレベルで。




