549:民主主義に向かない民族
【第三層群屋上庭園】
「改めて制度的な面をまとめると、この世界の一般的な地域統治制度は異世界の江戸時代に似ており、各村落は自治、直轄領の場合、その上に概ね郡ごとに代官を置いていますね。領主が居る場合、領主が村統治することで領民を間接統治します。」
「いずれにせよ、村落自治を否定すると一揆が起きると。」
「人は一般に保守的ですからね。特に修羅や畜生は。それで、この世界は概ね砂漠で人口密度は低くなっていますが、面積だけなら『郡』がだいたい異世界の県程度の広さがあります。ダンジョンの機能で農地化すると、いずれ、それぞれの郡が異世界の県程度の人口になり、代官があまりに多忙になります。かといって代官の管轄を分割すると、代官の数が増えすぎて収拾が付きません。」
「つまり、異世界の市町村と県みたいな階層的な制度が必要か。」
「村の自治権を奪うと確実に一揆が起きますから、村はそのままとし、その上に何を載せるか。ですね。異世界日本のように複数の村を纏めて行政村を編成、その上に郡程度の広さで、地理的条件も考慮して県を設置。も良いですが、必ずしも日本の制度に準拠する必要は無いでしょうね。何より、町村の上に町村だと名前が紛らわしくなります。」
「マリーさんなら、アメリカの制度とか言わないのか。」
「この場合は言いません。アメリカは民主主義で下から積み上げていく制度ですね。ですが、まず、ダンジョンの人間牧場は構造的に民主主義には合いません。次に、この世界は日本の影響を強く受けた文化ですが、日本人に民主主義は合いません。」
「確かに異世界日本も実態はともかく憲法上は民主主義では無いか。」
世界大戦でドイツが解体され、第二次世界大戦が起きず、200年近く昔の憲法を使い続けているため。21世紀後半の世界で、法律上民主主義で無い国は日本やバチカンなどごく少数。独裁国家でも実態はともかく名目的には選挙で大統領を選ぶのが普通。中華帝国は建国翌年に初代の洪憲帝が崩御し、40年以上在位した二代目皇帝の家庭教師が吉野作造だったこともあり、「民本主義」を基本としており袁家の権力は強くは無い。
「とはいえ、近世西欧型の絶対王制もまた、この世界では上手く行きませんね。」
「一揆が起きると。」
「はい。江戸時代の一揆は3,000件以上。大部分は農具と筵旗を掲げ、武力行使は行わないものですが。江戸時代同様にこの世界でも、統治者には住民の生活を守る義務があると考えられていますから、不満があると当然一揆が起きます。それに、このダンジョンの維持に多数の住民が不可欠なことはみんな知っていますからね。あんまり不人気なことは出来ません。ダンジョンでは無い領主でも事情は同じです。」
「ただ、現実問題として、この世界は砂漠だから、住民が大挙して逃散する危険は低いのでは?」
「だからこそ危険です。江戸時代の一揆の場合、藩や幕府そのものの打倒を目指した例はほとんどありません。ですが、砂漠で『逃げ場が無い』場合、危険なことになる可能性があります。」




