542:大餓鬼は遠い
【第三層群屋上庭園】
「ダンジョン影響圏の端から大餓鬼まで800km以上。海が無く街道も不十分なこの世界では、かなり無理のある遠征ですね。バルチック艦隊みたいに十分な補給無く遠征するのは無謀です。」
日露戦争のバルチック艦隊はイギリスで漁船を砲撃してイギリス世論を完全に敵に廻し、最期はベトナムで友好国のはずのフランスに騙されて高級な無煙炭と偽ってクズ石炭を売りつけられ、性能を発揮できずに壊滅した。
「逆に世界大戦で日本から欧州へ遠征した遣欧部隊も酷いことになったが。」
「イギリスが用意した食事が口に合わなかったそうですね。内閣がKOされたのは、塹壕戦よりも、ユトランド沖海戦で前年竣工したばかりの巡洋戦艦2隻を失ったためですが。」
マリーが良く知る異世界でも、1914~16の総理大臣は某大学の創設者。
「工事用軌道が使えないか。」
「戦争はわたしの専門外ですが、異世界でも東海自動車道は3本、中山自動車道は2本、複数の道路を平行させ、かつ何カ所かで横に繋ぐことで冗長性を持たせています。1本では破壊活動に脆弱です。」
新幹線が存在しない代わりに、概ねその分の片側3~5社線の自動車道がある。
「ダンジョン影響圏外だから制約があるか。」
「餓鬼勢力と戦争をするなら、それこそローマ帝国のリメスみたいな防衛線が必要ですが、費用的にも人材的にも無理ですね。」
「万里の長城みたいなものか。」
「あれは容易に遊牧民に突破されていますから、防衛線としては十分には機能していなかったと思われます。」
「ダンジョンの機能が使えないと不便だな。」
「可能ならダンジョン影響圏をさらに拡張できれば早いのですが、生贄の必要数が半径の3乗か4乗に比例して増えていますから、野放図な拡張も危険ですね。」
「世界全体を影響圏に組み込んだ場合は?」
「この世界の半径は6,595kmで、現在、直線で1,371km・地表に沿って1,373km。直線で9.6倍、地表沿いなら15倍。つまり最小900倍、最大5万倍。あくまでも計算上ですし、最大値だと必要な人口は数百億と惑星の限界を超えてしまいますが。」
「さすがにそういう仕様の可能性は無いか。」
「無いとは言い切れません。ダンジョンの法則に関しては、この図書館の本は参考になりませんから、何も言えません。」
「世界全体はさておき、まずは大餓鬼の扱いだな。」
「とにかく、大餓鬼は遠すぎるので、身終国主の協力があったとしても、現状では全面攻撃は難しいですね。身終への謀反という名目で攻略できれば万単位の餓鬼を入手出来るのですが。」
「身終の統治もさほど上手くは行っていないようだ。」
「いずれは身の終わりですか。ダンジョンの力を活用出来ないと、どうしても年貢だけでは政治が廻りませんからね。江戸時代みたいに武士が困窮するか、逆に苛斂誅求で一揆が起きるかです。」
「ダンジョンも世界のコアの力を使っているから、持続的では無いが。」
「地質学的な年数を考慮すれば、いずれ世界形成時の熱もコア内部の放射性元素も尽きますから、そうなりますね。すぐに考える必要はありませんが。」




