533:府中勤番支配
【甲の国、府中】
勤番士の朝は遅い。仙波左馬允次郎なら夜明け頃に起床し、軽く運動してから朝食を取るが、勤番士達は門番の当番と夜行性の餓鬼以外は昼前に起きる。
「何の騒ぎだ?」
その日も昼前に起きた勤番士達は、城門で門番達が騒いでるのに気付く。
「城のずっと南に、一夜にして正体不明の物体が発生。そこから空を飛ぶカラクリがやってきて、こんな紙を撒いていった。」
「どれどれ……要害山で餓鬼を採掘する?」
いくら識字率が江戸時代程度とは言え、さすがに勤番士は読み書きはできる。
「餓鬼なんか掘ってどうするんだ?」
「知らない。」
「餓鬼だからな。六地蔵の代わりにもならないだろ。」
てんでに言う勤番士達。
【甲の国、府中城内】
府中勤番支配は2人。通常は交代で府中城を管理するが、重大事件の時は協力して事に当たる。はず。
「さて、どうしたものか。」
府中勤番支配の1人、渡辺摂津守は言う。身長5尺(152cm)足らずの餓鬼。餓鬼なので性別は無い。本来昼は寝ている時間。
「好きにさせたら良いだろ。要害山は使われていないし、麓にあった温泉も大昔に閉鎖された。」
もう1人の小林信濃守が言う。こちらは身長5尺8寸(176cm)とこの世界としては長身でがっしりした筋肉質の樹木系修羅。生物学的には雌雄同体だが修羅の「人間体」には基本的に性別は無い。
「昔の餓鬼を掘り起こすとなると、墓荒らしにならないか。」
「墓では無いし、ついでに当時の餓鬼は今の餓鬼の先祖という訳でも無い。それに、昔の餓鬼を蘇らせるには十分な酒が必要だが。摂津守どの、酒を我慢できるか?」
「……そんな酒があったら自分で呑むな。しかしなぁ、他国に好き放題されるのも気に入らない。一度『ぎゃふん』と言わせられないか。」
「やめておけ。相手は関八州最大のダンジョンだぞ。むしろ、ダンジョン同士の対立を煽って瘴気平原とぶつけた方が得では無いか。」
「瘴気平原か。甲が貧しいのも、民が病に倒れるのも、勤番士達の意欲が乏しいのも、全部あのダンジョンが悪い。あれが無ければ、毎日好きなだけ葡萄焼酎(ブランデーの仲間)や桃焼酎を呑んで居られる。」
「摂津守どの、それでは仕事にならぬではないか。いくら餓鬼は主食が酒とは言え、酒豪では無いから飲みすぎたら酔って使い物にならなくなる。」
大酒を呑んでも酔っ払わない動物は、人間の一部の他、腮鼠など限られる。
「なら、あれだ、要害山の発掘を認める代わりに、瘴気平原への対応と、あと十分な酒の提供……。」
「やめい。摂津守どのだけでなく、餓鬼が全員酒漬けになる。酒は毎日必要量だけ。」
「これだから修羅というやつは融通が利かない。」




