530:そもそも、甲の国とは?
【第一層群事務所・旧コアルーム】
「そして、この付近で科と並ぶ餓鬼の本場が甲。異世界で言うところの甲斐です。異世界の甲斐では主要産業は山の産物、木材や生糸や果物や鉱物資源ですが、この世界は砂漠でプレートテクトニクスも無いため、甲は貧しい国です。」
惑星表面を1枚の地殻が覆う「スタグナントリッド」であり、鉱物資源の集積が起きにくいため鉱床は乏しい。
「甲周辺部の多くはダンジョン影響圏に組み込んだから、今後は灌水も可能だろう。」
「残念ながら、甲は標高が高いため水を汲み上げるにもエネルギーが必要ですし、厄介な風土病が蔓延しています。」
「風土病か。」
「甲は餓鬼の影響が強いため、人間もまた、餓鬼のように腹が膨れて手足が細くなり、やがて死にます。わたしが思うに、かつての異世界同様に寄生虫だと思いますが、甲の中心にある『瘴気平原ダンジョン』が発生源となっていると思われ、最終的な解決にはダンジョン自体の攻略が必要と思われます。」
「まずは、その瘴気平原とやらを駆逐するか。」
「いいえ、あくまでも今回の目的は餓鬼の発掘で、既存ダンジョンに関しては監視と拡大阻止に徹します。そもそも瘴気平原の正体すら不明ですし、そのダンジョンが原因とも限りません。」
「マリーさん、寄生虫というのは?」
「異世界のよく似た病気は寄生虫が原因でした。ダンジョンでは無い場所で発症しているので、魔法や呪いなどダンジョンの固有法則が必要な原因では無く、おそらく異世界と同じく寄生虫の可能性が高いと思われます。」
「ダンジョンは守りに強いからな。後回しも仕方ないか。」
「ダンジョンの攻略には、圧倒的な『個の力』または、組織的な数の暴力が有用ですが、わたしにはどちらもありません。」
「このダンジョンは相当人口が多いはずだが。」
「数によるダンジョン攻略は、一定の犠牲を想定しなければいけませんが、このダンジョンの社会は外征による多数の人命の損失には耐えられませんね。何人かの勇敢な武将が討ち死にするだけなら大丈夫ですが、足軽雑兵や農民に犠牲が出たら政治が保ちません。」
「国民軍を持たない中世社会の限界という訳か。」
「いえ、中世だろうと古代だろうと、古代中国のように一定の犠牲を厭わない大規模な外征軍を組織できる社会ならば、組織によるダンジョン攻略は容易です。一方、このダンジョンは防衛を少数の武士とダンジョンの機能に依存し、外征は必要性が乏しく狂犬隊や火豚隊などで十分なため、そもそも、そういう社会ではありません。」
「確か兵法の定石通りに進めるのが基本だったな。」
「趙括や馬謖が適任ですね。名将はむしろ向かないと思います。もちろんダンジョン側が水準以上の軍略を持っていれば別でしょうが、そういうダンジョンは知りません。わたしも軍隊の指揮は専門外ですね。」




