053:去る者・残る者(2日目午後)
【上小町】ダンジョン西側・丘陵の麓
「そうか、立ち去るか。」
避難民達を見送る岡田太郎左衛門。
「さすがに相手は3,000だろ。分が悪すぎるよ。」
「俺は書記長様が勝つと思うぞ。播磨介様に関しては、まぁ、あれだが。」
「ま、そうなったら逃げ損だな。」
「後で、やっぱり帰ってきた。とか言っても書記長様は怒らないだろうし、また帰ってこいよ。」
おまえの畑ないけど。なんてことはマリーはたぶん言わない。
【コアルーム】
「マスター、城壁は完全な円形、高さは垂直に30m、頂部に本棚を並べ塀とします。後日、城壁内側は埋めて畑にします。」
「30mか。」
「高さは可能な限り確保しますが、これ以上高いと、既に作った畑を一部埋めてしまうことになりますし、ダンジョンエネルギーも足りません。」
「いや、高さが足りないというのではなく、そんなに高いのか。」
「梯子程度では登れない高さが必要です。攻城櫓でも作らせている間に仕掛けます。あと、市街地建築物法の規制が31mですから、概ねそれに合わせてあります。」
「マリーさん、確かラージャさんの計算では補給物資は最大10日だったな。」
「そうですね。」
「東の国の端に補給基地があったとしても、ここまで6日。入間の霞ヶ関へは3日。2日も足止めしてやれば、どこへも行けなくなるのでは。」
「マスター、攻城に失敗したときに引き返すなら良いのですが、あの人数で霞ヶ関へ押し寄せられたら、城の周りの畑は確実に荒らされますし、それで飢饉でも起きた日には、このダンジョンの収穫では霞ヶ関を支えきれません。」
「城壁があれば籠城は出来そうな気はしたが、籠城だけではダメか。」
「ダメです。」
「ならば、どうします?」
「少なくとも、霞ヶ関の脅威にならないよう、ここで殲滅しないといけません。」
「殲滅って……1万人も居るが、そんなことして大丈夫なのか。」
「大丈夫です。全滅までは約束できませんが、壊滅させることは十分可能です。」
軍事的には順序は逆で、全滅が戦力の半分(今回は1,500人)、壊滅は8割(2,400人)の損害だが、もちろんマリーは軍人では無いし歴史もそこまで詳しくは無い。戦力以外も含む約1万人を残らず倒すのが全滅という認識。
「東の国が無人化したりはしないだろうな。」
「人間は六道で一番繁殖力があるので、すぐに殖えます。このダンジョンだって、最初は冒険者が2人来ただけなのに、もう人間は2千人近く居ます。対して修羅はたった5人、獣人は2人……他に狐狸は人間に化けて住んでいそうですが……、天人に至ってはゼロです。餓鬼は要りませんが。」
これは殖えたわけでは無いが、確かに人間の繁殖力は高い。
「そんなものなのか。」
「人間は寿命とか病気とか事故とかで毎日1,000人死ぬとしても1,500人生まれる訳ですから、平均して500人、統計上は毎年10万や15万はダンジョンの餌にしたって何も問題ありません。倫理的な問題はさておき。」
古事記算では無い。
「マリーさん、これまでにこのダンジョンが食べた海賊は何人です?」
「50匹ちょっと。といったところです。」
「10万人なんて食べさせたら、ダンジョンコアが破裂したりしないか。」
「10万は分かりませんが、今回の1万は問題ありません。『ダンジョン大百科』によると、過去にも大規模なダンジョン災害で多数の死者が出たことはあるそうです。吸収しきれず世界のコアにエネルギーが流れる。という可能性はありますが……破裂は心配要りません。」
「ダンジョン災害って、そんなものあるのか。物騒だな。」
「大人数でダンジョンを攻略しようとして失敗した。とか、ダンジョン内に作っていた村が食べられた。とか、そういうものです。ダンジョン側から見て災害って訳ではありません。今回の籠城だって、わたしの計画通り行けば立派なダンジョン災害です。」
【東町】ダンジョン東側・丘陵の麓
丘陵の麓、東門の脇に作られた、高さ30m・長さ100m程のカットモデルのような短い城壁。
「この垂直の壁には、イメージ的には中華な城門が似合う気もするのですが、文化圏的に馴染みが無いでしょうし、普通に考えれば櫓門ですが加工が面倒ですし、簡単に済ませるため小さな図書館を召喚するにしてもデザインが合いません。」
城壁には城門が必要。さもないと出入りできなくなってしまう。
「マリー、ものすご~く単純なこと聞くけど、こんな立派な城壁がいきなり現れたら、あからさまに怪しくない?」
基本的な質問をするラージャ。確かに敵はこちらがダンジョンと言うことは知っているが、手の内までは知らない。
「あ、確かにそうですね。」
「私が昨日提案したみたいに、自然な土塁に見せた方が良いのでは。」
「でも、ダンジョン構造物自体は壊せないといっても、45度の斜面なら梯子は普通に使えますし、高さが低いと弓矢は越えますから、守備隊が少ない以上、こちらにも犠牲が出ます。でも……もしラージャが敵なら、越えられない城壁があったらどうします?」
「そりゃ、引き返すしか無いでしょう。谷の対岸辺りで守りを固めて一泊、翌朝撤収です。」
「一泊しますか?」
「道に大八車が貯まっていますから、そのまま向きを変えると大混乱になるし、夜間行軍は危険です。」
「野営地は1箇所かな。」
「あくまでも攻城の『ふり』はするでしょう。谷の手前、弓矢が届かないあたりに大八車などで付城を作ると思われます。世界のコアからの水を谷に流して泥沼にしておいて、谷を通るときにロケット弾を全部打ち込めば、かなりのダンジョンエネルギーは得られます。」
「味方の損害ゼロで、敵をそっくりダンジョンエネルギーにする方法は無いでしょうか……。」
「それこそ、野営地に電池を敷き詰めて一斉に火を付ける。あたりでしょうか。電池は本より高コストなのでダンジョンエネルギーが足りないかもしれませんが。」
本や新聞・雑誌は安く入手出来るが、家電店ダンジョンでは無いので電池は割高になる。
「一泊させられるなら、怪しくてもあえて城壁は高くします。騎士団であれ入植者であれ、こちら側に犠牲を強いる作戦は、ダンジョンの『運営理念』に反します。」
物心共に健康で豊かな生活を実現する。とか偉そうなことを言うマリーだが、事実上の独裁者であるマリーが紫蘇(修羅)を使い社会をコントロールし、市民社会の枠外を差別どころか人と見なさず、人口調整を徹底するのは、立派なディストピアである。




