529:そもそも、餓鬼とは?
【第一層群事務所・旧コアルーム】
「以前、この場所でマスターに説明したように、餓鬼道は鉱物界。餓鬼は、前世の行いで死後に餓鬼道に輪廻転生した者で、アルコールやエーテルしか呑むことが出来ず、常に飢えと渇きに苦しめられます。」
「いわゆる珪素生物だったか。」
「いえ、この世界の環境では珪素生物は生存できません。餓鬼は珪素・アルミニウム・マグネシウム・カルシウムなどを多く含みますが、炭素系の化学反応で活動します。」
「見た目はあれなんだよな。餓鬼草紙。」
「餓鬼の外見は飢餓で痩せた人間に見えますが性別は無く、繁殖もしません。餓鬼は岩石が何らかの力を受け、そこに輪廻転生した魂が入ることで生じるとされています。なお、見た目から誤解されがちですが、餓死しても餓鬼にはなりません。」
「飢餓とは無関係と。」
「俗説では、峠道などで空腹になるのは餓鬼のせいとされますが、単に疲れるか、あるいはダンジョンにエネルギーを吸われて低血糖やミネラル不足になっているだけです。『ヒダル神』と呼ばれるのはダンジョンの仕業ですね。」
「確か餓鬼は夜行性だったか。」
「はい。餓鬼は修羅とは逆に、昼に寝て夜に起きる夜行性ですね。マスターは本来、夕方と朝に活動する薄明薄暮性の種族ですが昼に仕事をすることも出来ます。対して餓鬼は完全に夜行性です。」
「それで、確か餓鬼は工芸品を売って酒を買っているんだったな。」
「餓鬼は鉱物界の住民なので、石材や金属の扱いが上手く、この世界の工芸品には餓鬼が作った物が多々あります。餓鬼は活動に酒が不可欠ですが、この世界、酒を産するダンジョンは少ないですし、酒の原料となる米は貴重ですから、餓鬼は常に飢えています。」
「実は、このダンジョンもビールを産するな。」
「はい。マスターや眷属の食事は、種族の通常と異なり、ブラックコーヒー・缶ビール・エナジードリンクですからね。何より、このダンジョンは大量に米を産し、今年から本格的に酒造を始めていますから、おそらく餓鬼達には注目されています。」
「いわゆるくだらない酒だな。」
「もっとも、餓鬼には清酒より焼酎ですね。有名な川越芋の芋焼酎とか、吉川のナマズが育てた米で造った米焼酎とか。精製した高純度アルコールならもっと良いのですが、餓鬼ごときに与えるには高すぎます。」
「マリーさん、六道輪廻で餓鬼道に墜ちて飢えるのは懲罰だよな。もし餓鬼に潤沢に焼酎を与えて苦行から解放したら、良くないことにならないか。」
「十分な酒を与えられる餓鬼は『有財餓鬼』と言いますが、餓鬼は決して満腹になることは出来ません。要するに『ウザいガキ』ですが、『ウザい』とか『ダサい』とかは100年ほど昔の新語ですから、この世界では使わない表現ですね。」
「ところでマリーさん、掘り出した餓鬼を生贄に使うのでは無く、酒で餌付けして使役することは可能だろうか。」
「もちろん可能ですが、わたしのダンジョンで餓鬼を養うのは気に入りません。このダンジョンで『餓鬼で無ければ出来ないこと』は特にありませんし。極論を言うと、世界から餓鬼が居なくなっても、わたしは困りません。そのためには餓鬼道に堕ちる者を無くさないといけませんが。」
「そこから止めないといけないか。」
「餓鬼道への輪廻転生を止めるか、それこそ世界全体をダンジョンの影響下に置かない限り、世界のコアの影響で、勝手に石が餓鬼になりますからね。もっとも世界は無数にありますから、餓鬼道への転生を止めるのは仏様でも到底手に負えませんが。」
1人の仏の担当だけで三千大千世界、ざっと10億とされる。
「マリーさん、畜生と修羅と人間はダンジョンモンスター以外は繁殖によって殖えるだろ。なら、動植物も人間も居なくてダンジョンも無い世界なら、餓鬼だけがいるんだろうか。」
「さぁ。それは地獄の方がマシな世界でしょうが。ただ、植物もダンジョンも無かったら餓鬼も呼吸出来ないと思いますね。この世界も砂漠ですが、水と空気は基本的にはダンジョンから供給されています。」




