523:あれも不可能、これも不可能
【第三層群屋上展望台・世界樹】
世界樹は、幹も葉も花も明らかにローズマリーだが、サイズだけはマリーの身長程度では無く、その10倍以上ある。
「ナポレオンは『不可能という言葉はフランス的ではない』と言ったそうですが、この状況、日本語には不可能という単語しか無いのかもしれませんね。」
自らの本体である世界樹に背中を預け、誰も聞いていないからと愚痴るマリー。ソーラープレーンの試作機も、観測ロケットの試作機も、ダンジョン影響圏を出た途端に空中分解し無様に墜落。要するにダンジョン構造物でないと強度が保てなかったと言うこと。
「19世紀の飛行機では無いのですから……。材料工学の問題でしょうから、飛行機工場と共に合金や炭素繊維の工場も一式揃えるしか無いでしょうか。」
19世紀の飛行機、厳密に言うと動力を備えた重航空機は、全て飛行に失敗している。
「あるいは何らかの方法で、世界全体をダンジョン影響圏に組み込む……。」
ダンジョン影響圏の半径は1,373.45km。計算上の面積は600万k㎡だが、既存の都市やダンジョンの分だけそれよりは狭く、世界の表面積の1%にも満たない。
「もう図書館がネタ切れですし、あまり高くすると地上への往復に時間が掛かりすぎますね。大面積の地域型ダンジョン、三角草野や那須塩原が、どうやって影響圏の半径を広げたか……。それが分かれば応用できるかもしれません。」
塔型ダンジョンは単純に高さだけで規模が決まるので、最も容易に成長可能なタイプ。もちろん、普通の塔型ダンジョンは影響圏をやたらと広げたりはしない。なお、サブコアを持たないダンジョンでは最大級の地域型ダンジョン「天竜区」も図書館都市ダンジョンよりずっと狭い。
「ダンジョン影響圏の半径は1,373.45km。これに対し、ダンジョン『システム』の管理限界は255リーグ、約1,231km。これはヤードポンド法であり、世界のサイズや物理定数に基づく『自然な』距離ではありませんね。サブコアの管理範囲は、メインコアから255リーグ以内かつサブコアから100リーグ。これもシステム上ですから、あるいはサブコアを起点にもう少し……。」
頭上の枝を見上げて考えるマリー。
「……。ただ、影響圏の拡張も、必要な生贄の数が大幅に増える、それも半径の3乗や4乗で。という問題がありますね。」
と、毛の国、塩谷大宮の村から連絡が入る。
「茄子科のメークイン男爵が抗議ですか。」
那須塩原は推定で年平均100人程度の生贄が必要な大面積ダンジョンだが、図書館都市ダンジョンが那須塩原を迂回する転送陣を整備したため、通行する商人が減り、商人から受け取る生贄も減っているはず。
「影響圏半径に含まれるダンジョンですし、いっそ兵糧攻めで破綻させても……巨大ダンジョンなので影響圏の影響が薄れるのに何十年何百年掛かるか分かりませんし、あまりにも平坦で塩分が多いので農地としての開発も面倒ですね……。」
廃村や廃ダンジョンが何年で影響圏を失い、他ダンジョンの影響圏に組み込むことが可能になるかは、マリーもよく分かっていない。過疎化した村やマスター不在の小規模ダンジョンなら1年も要らないし、大規模な人間牧場だと100年以上ということもある。




