519:異世界の人口問題
【第三層群屋上庭園】
「異世界の地球は多くが人口過剰で苦しんではいるが、文明崩壊はしていないな。」
「これは、ダンジョンの仕様の制限で、破滅していない世界からしか資料を入手できないためですね。異世界日本の日本語図書館とその蔵書しか複製召喚出来ませんから、国家が崩壊して図書館が機能していない社会のことは分かりません。つまり『失敗した世界』のことは不明です。また、情報を入手出来るのは21世紀後半までなので、22世紀以降に破綻したとしても、それも分かりません。」
「何かとんでもない原因で文明が崩壊する危険があるか。」
「破滅は、おそらく基本的に人口過剰が根本原因とは思いますが、アンナ・カレーニナの法則のように『すべての成功した世界は似ている。破綻した世界は、それぞれ異なる理由で破滅した』と、多様な原因があるかもしれません。」
「成功と言えるかはともかく、存続している異世界は、だいたい似ているんだろうか。」
「マルサスの罠が大惨事に陥るのを回避している。というのは共通点ですね。産業革命頃に概ね世界人口は10億人程度、世界によって違う例もありますが、これが21世紀後半に1,000倍の1兆人に達している世界は調べた限りではゼロですね。」
「さすがに惑星1つで1兆人は無理だな。」
「異世界太陽系は他に居住可能な天体がありませんからね。宇宙都市は経済的には手に余ります。そして、異世界地球の長期的な定員は生活水準にもよりますが10億人程度ですね。それを越えるなら、原子力や砂漠の藻類養殖でエネルギーを生産し、不足する鉱物資源や肥料を海水などから抽出しないといけません。多くの異世界ではすでにリン鉱石が枯渇し、海底の泥や質の悪い鉄鉱石から肥料を生産しています。」
「食料生産も限界があるだろうな。」
「肉と乳製品・小麦を中心とする文明的な食生活を前提にするなら、やはり限界がありますね。人口支持力の高い米や芋を中心にすれば100億人以上を養うことは可能ですが、歴史的に埼玉の主食は本来は麦であって米ではありません。」
もちろんパンでは無い。
「ちなみに、存続している世界は全て人口抑制に成功している訳だな。」
「マルサスの罠に陥って飢餓と貧困が蔓延している世界もあるので、全て成功とまでは言えませんが。ちなみに、わたしが良く知っている異世界の場合、多くの地域でヨーロッパの技術により比較的迅速に近代化が進んだため、明治維新以降100年で乳幼児死亡率をほぼゼロにした日本は、前近代からの人口増加が6倍程度、台湾を含め2億弱で済んでいますが、人口支持力を大幅に超過した状態です。インド帝国は4億が25億、中国は清朝の5億が帝国も民国も後清なども合わせて30億になっていますから、やはり6倍ですが明らかに人口過剰ですね。これに対し、自力で数百年掛けて近代化したヨーロッパは、大量に移民を送り出したにもかかわらず、中世末の5,000万人は現在は8億と15倍以上に増えています。つまり移民も考慮すれば数十倍ですね。それでもマルサス的な潜在的人口と比べたら1割以下です。」
「その辺が一般的と言えるか。」
「人口過剰な地域は人口抑制策が成功し減少している例もありますし、世界によっては大規模な内戦などで人口が抑制された場合もあります。倫理を捨てるなら余剰人口は殺してしまうのが一番効率的ですね。このダンジョンは仕様上、そんなことをすると獲得エネルギーの質が落ちて破滅しますから、民衆の支持を得るためにも、あくまでも敵からの防衛という建前が必要です。」
「例えば、人口が少ない例だと?」
「極端な例だと、モンゴルのオゴデイが華北の中国人を根絶して牧草地とし、バトゥがドーバー海峡まで征服した世界では、その時点で人口がかなり減ったため人口過剰の問題は少なくなっています。もっとも、あまり極端な例で『日本』が存在しな場合は、このダンジョンではそういう世界が存在するかどうかすら分かりませんが。」
「あるいは、元寇が成功した世界とか無いのかな。」
「さぁ。近代以前では渡海征服はカエサルでも居ないと技術的に難しかったでしょうね。大韓帝国は高句麗の広開土王が日本を征服したと主張していますが、『言っているだけ』です。」
大韓帝国によると原文は、百殘新羅舊是屬民由来朝貢而倭以耒卯年来渡海破百殘倭奴新羅以爲臣民。これを辛卯年、海を渡り来き以て倭を破り、百残倭奴新羅を以て臣民と為す。と読む。
「他の言語による図書館ダンジョンを作れば、そういう世界についても分かるかもしれないか。」
「ただ、わたしが分かるのは、英語・フランス語・中国語だけ、それも最低限ですからね。例えばローマ帝国が存続し共通語がラテン語の世界があっても、意思疎通が出来ません。」




