505:軌道に乗られない
【第三層群屋上庭園】
「第一段階は世界全体の調査、第二段階は世界の外、他の天体の調査。第二段階は、月に探査機を送り込むのが最優先ですね。」
「蛇が出るか蛇が出るか。」
「マスター、それではヘビに決まってしまいます。月には何らかの知的生命体は居そうですが、それがこの世界と同じ六道の生物なのか、それこそ外道や妖怪変化なのかは分かりません。」
「月と言えばウサギか?」
「異世界の月なら確かにウサギですね。最初に月に着陸したのは、多くがアメリカの軍人か元軍人ですから。労農ロシアとフランスも月着陸を狙っていましたが断念しています。」
「異世界の月は、この世界の月より10倍くらい遠いな。」
「どっちみち、小笠原ペトゥレル宇宙機では直接到達出来ない。という点では同じです。」
「そもそも宇宙機はどれも低軌道までしか行けなかったはず。」
「宇宙機は弾道飛行でアメリカやヨーロッパへ通常の旅客機よりはるかに高速で飛行し、かつ宇宙空間を飛行することで衝撃波の影響を最小化するのが主目的で、全世界で毎日何千便も飛んでいる宇宙機のうち、宇宙が目的地なのはごくごく少数です。とはいえ、軌道に乗ってしまえば目的の大部分は達成したようなものです。」
東京からロンドンまで亜音速機だと半日。宇宙機なら2時間要らない。
「文字通りの意味で。か。」
「この『軌道に乗る』、1940年頃に流行った新語のようですね。宇宙開発という概念が拡がり始めた頃のものです。」
「軌道に乗せるのが難しいか。」
「必要な速度には全く足りないとはいえ、一番可能性があるのは、この塔の上から打ち出すことですが、技術的に未熟な段階では事故リスクを排除できません。かといってダンジョン影響圏の東端にもう1つ、このような塔を作るのはダンジョンエネルギーが足りませんし、仕様上も難しいでしょう。」
「ダンジョン構造物を積み上げる訳にはいかないか。」
「ダンジョン構造物1つが1マイルに制限されますから、あまりに沢山積み上げると接合部の強度が持ちません。」
「世界周回に最低限必要な小型衛星なら、万が一軌道に乗り損ねても、ダンジョンの機能で打ち落とせないか。」
「衛星が重さ1kg程度の小型でも、このダンジョンの技術力ではロケットは1tになるでしょう。」
「それこそ、転送陣の応用で直接人工衛星を打ち出す訳には行かないのか。」
「マスターには何度も説明していますが、軌道に乗るには8.3km/sが必要です。レールガンなら速度的には足りていますが、単純な物体の加速には向くものの、加速度が高すぎて精密な人工衛星どころか砲弾の発射にも向きません。このためアメリカは開発を中止しています。」
「でも、転送陣では全然速度は足りないな。」
「塔の上層部はダンジョンから出たらほぼ真空なので時速1,000kmは可能でしょうが、0.3km/sでは全然足りませんね。」




