番外:月を観察する時、月もまたこちらを観察している
月は遠く、4万kmも離れているため、異世界の大型望遠鏡でも数百mの物しか見えない。技術的に劣った望遠鏡ではせいぜい数km。
「Te'lescopeで太陽を見ないよう気をつけろよ。」
錬金術師は、塔の上から望遠鏡で月を見ている弟子に声を掛ける。月面は夜だが、こちらは昼。夜だけ使う天文台なら問題にならないが、昼に望遠鏡で天体観測するには地表付近の「ゆらぎ」の影響を避けるため、白く塗られた塔の上で行う。
「お師匠様、luneに明かりが見えます。大規模な山火事か、噴火か。」
「燃える物がなければ火災は起きないから、火だとするとOublietteで何かあったな。天然のOasisが火災になった可能性もあるが。」
「お師匠様の記録には、それらしい物はありません。火山でしょうか。」
月面地図には何も描かれていない場所。
「断言は出来ない。月あるOublietteは『地上』に池や植物などが無いと見えないし、そもそも直径何リューも無ければ望遠鏡でも分からない。」
やがて夜になり、逆に月は昼となる。月は一面の砂漠だが、所々に植物が生えたダンジョンが黒く見える。一角には真っ白に輝く塩類平原が太陽光を反射して輝いている。
「昨日の光の場所は分かるか。」
「はい。お師匠様の記録には無い、黒っぽい染みがあります。」
「ふむ、見落としがあったか。」
「まだらに拡がっていますが、かなり大きな物です。見落としは無いと思います。」
「どれどれ、見せてみろ。」
錬金術師は望遠鏡を覗く。若い頃より視力は落ちているとは言え、それでも地表に黒っぽい染みが見え、一部は明らかに水面と思われる。
「確かに、この大きさで見落としはあり得ない。さすがに最期に観察したのがいつかは覚えていないが、古くとも、ここ20~30年以内で発生した何かだ。明日の昼、月の夜に再度光が見えたなら、何らかの人為的な光と思われる。」
「お師匠様、町の明かりにしては強い光でしたが。」
「うむ。それは気になる。相当な浪費が行われているか、そのような性質のOublietteがあるか。明日のために今日は寝なさい。」
翌日、夜になった月面では、昨日と同様、きわめて強い光が輝いている。また、周辺にも点々と光が見える。
「かなり白っぽい光だ。強さは相当に強い。月で何かが起きている。」
「お師匠様、直接月へ行って確認することは出来ないでしょうか。」
「無理だ。気球のような例外を除き、基本的に何かが飛ぶのはダンジョンの中だけ。そして月は1万リュー近く離れており、あまりにも遠い。何らかのダンジョンで非常識なOOPArtを産すれば別だが。」
「逆に月の住民がこちらに来たりはしないでしょうか。」
「それも無いとは思うが、あれだけ強い光を放っているということは、何らかの強い力を持っている可能性が高く、あり得ないとは言えない。」
「お師匠様、この塔に来たりは……。」
「月からは見えまい。l'Hexagoneで来るとしたら王都だが、王都はCarrie'reOublietteの上に乗っているから、何かあれば地下に逃げることが出来る。面倒な隣国を焼き払ってくれたら言うことは無いが。」




