050:埼玉県の地図があれば大丈夫?(2日目朝)
【コアルーム】
夜が明けて、敵軍は移動を開始。
「全軍、廃墟を発ってこちらに向かっています。」
「ミント、彼らは小荷駄隊の一部を返さないのです?」
「いえ、そういう様子はありません。」
小荷駄隊は5,000人ほども居て、大八車は二人曳き(前後に1人づつ)・四人曳き(2人づつ)、1,000台を軽く越える。車は道の上でしか使い物にならない上に一定の速さでも無いため、およそ10kmほどもある大行列になっている。小荷駄隊以外は道の脇を歩行。砂漠なので藪など無いだけマシというもの。
「極地法を知らないのか、治安が悪く護衛でも付けないと帰れないのかな。ほんと、砂漠なんて、補給のことを考えたら、軍隊には悪夢ですね。」
「マリーさん、せめてラクダでも居れば良いのでしょうが。」
ラクダどころか馬すら居ない。
「それこそ一番有用なのは非舗装道路対応の軍用トラックでしょう。そんなもの、ここの工業力では維持出来ませんが。今後、入間であれ、隣国の毛や総であれ、街道を整備したところで、供給能力が乏しいこの世界では大軍の移動は困難です。」
「確かに、旅人用の宿場を作るにしても、何千人分の食料を保管しておく訳にも行かないだろうな。」
「ラージャ、籠城戦の方法ですが……まず戦場の状況は?」
「東方向は、ダンジョンから丘の麓まで1km余り、台地の端まで1.5から1.7km程度、対岸の台地まで約2kmとなります。丘の麓にペラペラのダンジョン構造物で書き割りの城壁を作れば、通常兵器では破壊できませんので、敵は攻城戦を挑むために、おそらく谷の手前または向こう側、台地の端に野営するでしょう。」
「ならば、急いで谷の対岸までダンジョン影響圏に組み込んでしまわないといけませんね。城壁はエネルギーの無駄ですが……。どっちみち丘の斜面を畑や果樹園にするなら段々畑代わりに使えますか。」
「谷の手前に布陣したなら、十分に夜襲を警戒した上で夜明けと共に攻城戦を始めるでしょうし、対岸なら、ゆっくり休養を取った上で、挑発して野戦を挑んでくると思われます。仕掛けやすいのは谷の反対側に居る場合。手前だとかなり夜襲を警戒しているため仕掛けにくいと思われます。」
「なるほど。ラージャ将軍が攻める側ならどうします?」
「本陣は谷の向こう、谷の手前に付城。でしょうか。本陣が谷の向こうなら城から仕掛けるのも難しいですし、夜襲の警戒も容易です。補給部隊は後詰めとして分離せず本陣後方で保護するでしょう。ただ、補給の問題で長期間の包囲が困難である以上、私なら攻城兵器を多めに用意します。」
「籠城をするにも、地名が無いのが面倒ですね。入間とか比企とか、どうやらこの世界は埼玉世界ですから、埼玉県の地図を参考に、最終防衛線の谷を『芝川』、谷の手前を『天沼』、対岸を『南中野』と呼びましょう。」
「マリーさん、地図の芝川は東に向きを変えているが、この涸れ川は、そのまま南東に向かっている。良いのか。」
ダンジョンマスターが言うように、地形は異なる。
「当然、地形は一致はしませんから、しかたありません。西側の谷は『鴨川』にしましょう。『賀茂の水、双六の賽、山法師』と。」
「白河上皇が言ったのは京都の川だぞ。」
「京都なんて、この世界に存在するのかどうかも分かりませんから、かまいません。そして、昨日の廃墟は東に40kmですから『取手』。砦っぽい形ですしちょうど良いでしょう。」
直径200mを越える、ドーナツ型というか、そういう形状。外側は壁で、内側は低くなっているが、崩れ落ちた壁らしき残骸が転がっている。
「筑波って東なのか。」
「その辺も世界が違うからしかたありません。距離と方位だけで見るなら、西約60kmの入間代官所は秩父の奥になってしまいます。」
「イメージ的には川越なんだけどな。」
「『芝川』から東は、だいたい1里間隔で涸れ川がありますから、『綾瀬川』『元荒川』『古利根川』『江戸川』と呼ぶことにしましょう。」
「マリーさん、地形が違うから、かえって迷いそうな気もする。ダンジョンが載っている台地も大宮大地より標高は高いし、何より100m超の丘など無いし。」
「マスターは地名を覚えられないでしょうが、逆に、直交座標系(北○m・東○mという表記)でも極座標系(角度○度・距離○mという表記)でも地理座標系(北緯○度・東経○度という表記)でも、騎士団や入植者には理解しづらいですから、地名を併用した方が良いでしょう。」




