496:天空を駆ける物
【第三層群屋上庭園】
「ミント、速度と観測範囲なら、宇宙に勝る物はありませんが、何事も軌道に乗せるのが一苦労ですね。」
「衛星軌道に乗るには、秒速8.3km、時速3万kmが必要だ。つまり、月ですら1時間ちょっと、この世界なら1刻要らない程度だ。」
ただし、不定時法なので季節で1刻は異なる。
「この塔の上部なら、位置エネルギーは大幅に節約できますし、この場所は固有法則により高層でも大気を保持していますが、ダンジョン構造物を外に突き出して、真空中で転送陣を使えば、それなりに速度は出そうですね。」
「確かに、転送陣と同様のシステムで飛行機を打ち出す方式は、異世界の航空母艦では何十年も昔に実用化された枯れた方式だが、速度は時速300kmと、むしろ転送陣より遅くなっている。飛行機を離陸させるにはそれで十分だ。」
「もし真空中だと、どれくらい行けそうでしょうか。」
「おそらく転送陣で時速1,000kmは可能で、ロケットで加速すれば時速2,500kmが可能なので、転送陣で加速してからロケットを使えば、足して時速2,700kmになる。」
「運動エネルギーは速度の2乗に比例しますから、3万kmだと必要な力は120倍ですか。桁違いどころか2桁違いですね。」
「だが、側近書記殿、この塔を使う場合、致命的な問題が1つある。」
「はい、何でしょう。」
「現状、技術的制約から誘導火箭であれ何であれ、信頼度は決して高くない。ダンジョンの中心から打ち出す場合、万が一故障したら、とある異世界で2010年に鎌倉を焼き払って多数の死傷者を出したように、どこか村の上に墜落する危険がある。」
「確かに、ロケットは海岸、それも東に海がある海岸から打ち上げますね。異世界日本だと台湾の恒春とか。ペトゥレルなど宇宙機も初期には遠隔制御で、海岸沿いの空港からしか運用しなかったそうです。」
「そして、実用的どころか試作宇宙機も無い現状で、影響圏の東端に、宇宙に届く塔を用意するのは、現状では時期尚早だ。」
「確かに、地上から打ち上げるにせよ、飛行機から発射するにせよ、東に何も無い場所が必要ですね。ダンジョン影響圏内のダンジョン構造物は移動出来ないことは無いですが莫大なエネルギーが必要ですし、小田城などはダンジョン影響圏外ですから移動は不可能です。」
「影響圏の南東側は暑く乾燥した低地なので、おそらく誰も居ないだろうが、今はその時では無い。」
「いずれは海になる予定の場所ですね。海を作るには何年かかるか分かりませんが。」




