049:ガマガエルの事情
筑波の町は、筑波山の中腹、山に当たったわずかな水蒸気が湧き水となる泉に依存している。
かつての混乱により郡の範囲がぐたぐたになりどの村がどこの郡かすら不明となった挙げ句、代官が配置されず多数の豪族が乱立するこの国で、北部以外の地域に強い影響力を持つのが、四六の蝦蟇を旗印とする名門古代氏族、筑波氏。
その日、筑波御殿に君臨する豚こと、筑波内薬佑はいつになく荒れていた。筑波氏の旗印は四六の蝦蟇だが、内薬佑は蛙獣人(もちろんカエルは哺乳類では無いが)ではなく人間。
「ええい、小汚い小山下野介、ヤク中の千葉下総掾、野菜野郎の那須大膳大夫、穀潰しの宇都宮左馬頭、尻家紋の小田讃岐守……そして、クソ生意気な佐竹常陸介。どいつもこいつも!」
「殿。」
副官の痩せた男が声を掛ける。
「ガマなのにトノサマというのも気に入らぬ。御屋形様と呼ばせないのが悪い。」
「屋形号は認められておりませぬ。」
「そちが来たということは、そんなくだらない話では無かろう。」
さっと切り替えが出来る内薬佑。
「はい。冒険者どもの話によりますと、西の地で水を産するダンジョンが見つかったとのことです。」
「ブフォ。水とな。」
「紙と水を産し、冒険者は紙を運び出していますが、ダンジョン内では火が使えないとのことなので、『水克火』から本質は水で間違いありません。」
「下剋上だと。一番大嫌いな言葉だ。いまいましい新興成り上がり一族どもめ。」
「いえ、水克火です。水は火を消す。ということから、火が使えないダンジョンは水の性質を持ちます。」
図書館は火気厳禁だから。なんてことは知るはずも無い。
「西か。醤油臭い総の北部地域か。ああ、総は北だけで無く東の端も醤油臭いが。」
「いえ、もっと西、足立の無人地帯です。」
「芋喰らいのムサい国か。砂漠を渡るのは大変だな。で、そのダンジョンの政治情勢は?」
「入間代官が首を突っ込んでは居ますが、現状は書記長と名乗る海賊が支配しています。」
山賊は小汚くてむさ苦しいイメージだからか、海が無いのに賊は海賊を名乗る。このため、ある程度組織化された賊は海賊と呼ばれる。船など持っていないのに。
「ショキチョウ? 知らない一族だ。臆病者の結城氏などでは無いな。」
「有名な豪族や海賊の一族では無い模様です。なお、比企一族が2度襲撃したものの、殲滅されたとのこと。」
「何人で攻めたんだ? 今の弱体化した比企にダンジョン攻略は荷が重いと思うが。」
「2回とも20人程と聞いております。」
「バカだ。籠城なんぞ防衛側が圧倒的に有利、しかもダンジョンだぞ。20人か30人の普通の海賊相手なら、普通の攻城戦でも100は欲しい。ましてやダンジョンなら1,000人突っ込まないと安心出来ない。開拓村か何かと間違えたのか、比企の息子どもはボンクラなのか。……先代が生きていればな。」
「あるいは、怪物しか居ないダンジョンとでも思ったのかもしれません。」
「で、そのダンジョン自体は、どのような物だ。」
「塔型です。高さ400尺程度。海賊は人数不明。百姓が数十人または数百人住み着いている模様。」
少しデータが古い。
「ふむ。」
「かなり潤沢に水を産するようで、ダンジョンから溢れた水で畑を作っています。」
「ブフォブフォ! 即座にダンジョンを制圧する。可能な限りの戦力をかき集め、傭兵でも冒険者でも雇えるだけ雇え。ダンジョンは壊せないから籠城されると厄介だが、海賊程度なら数を揃え攻城兵器を準備すれば何とでもなる。」
「情報収集は……。」
「そんな暇は無い。それに、こちらが物見など出したら、入間代官が気付いて動く危険がある。入間が本格的に動く前に、入間には不可能な圧倒的戦力でダンジョンを制圧する。ただし、冒険者どもからの事情聴取は抜かるなよ。」
「ダンジョン攻略ですか。」
「制圧だ。攻略はしない。攻略してしまったら水が得られなくなるからな。入り込んでいる海賊どもを駆逐し、入り口で生贄にしてやれば勝手にダンジョンは成長する。水属性なら、成長すればするだけ大量の水が得られるはずだ。」
「攻略しないなら、怪物の危険がありますが。」
「怪物はダンジョンから出てこられないし、水属性だぞ。どうせ魚だ。砂漠で魚に何が出来る。むろん、冒険者に、どういう怪物を見たかきちんと確認しろ。ダンジョンには系統、というものがあり、出てくる怪物には規則がある。」
別に親王任国ということも無いだろうが、この世界でも慣例として上野守・上総守・常陸守は存在しない。
(明日は休載です)




