472:檀林の夏坊主
【筑波北方・檀林】
異世界の関八州には江戸時代、各宗派が数十の檀林を置き僧侶を養成していた。図書館都市ダンジョンはダンジョン本体から北東100里、筑波北方の山の上に大規模な檀林を作り、本格的な僧侶の量産を始めている。
「ロスマリヌス・オフィキナリス・紫蘇図書頭・マリーです。よろしくお願いします。」
「これはこれは領主様。拙僧は沈丁花科ダフネ・プセウドメゼレウム、鬼縛。通称夏坊主と申す。」
オニシバリは男女がある修羅で、この夏坊主は男。
「こちらが脂坊主、こっちが坊主蒟蒻。」
左右に控える魚顔の坊主。大抵の魚は水中生活だが、魚人(魚畜生)は陸に上がることが可能な者も多い。
「まず、領主様が用意して戴いた檀林の施設だが、施設に問題はござらぬ。檀林が各宗派共用のため多少の……いえ、かなりの軋轢はありますが、複数の檀林を用意し、かつ平等に扱うのは困難と言うことは、皆理解しております。」
施設は例のごとく異世界の学校を複製召喚しただけだが。
「檀林を10も作るのは煩雑な問題の元ですが、そういった後ろ向きの理由だけではなく、わたしは、共通の修行の場が各宗派間の関係を改善する一助になれば幸いと考えています。もちろん、ダンジョンの権力で宗派を無理矢理再編するような不遜なことはしません。」
「交流の場となると、僧坊は宗派で分けない方が良いのでしょうが、肉食飲酒妻帯……全部するのは1宗だけですが、魚の可否など、いろいろと問題は生じてはおります。」
「修行の場なので、僧房は古式に則り『三面僧房』とさせていただき、これを男女別としましたが、食堂まで性別や宗派で分けてしまうと言うのは好ましく無い気はしますね。」
畜生・修羅には雌雄同体の者が居るため、男女別は3通りとなる。なお、マリーは生物学的には性別自体が無い。
「特に畜生には元から肉食の者を初め、食べ物が制約されるため、料理を共通に出来ない。という問題は避けられませぬ。」
「それは仕方ありませんね。種族により必要な栄養は異なります。この世界で人間が一番多いからと言って僧侶を人間に限るのも仏の道に反するでしょうし、このダンジョンは修羅が廻しているからと言って修羅に限定するのも間違っているでしょう。」
施餓鬼会というものがあるが、動植物や餓鬼を供養した時に、直接極楽往生するのか、一度人間に輪廻転生するかは不明。
「移民には既に各宗派で教師と認められている者も居るが、なにぶん数は少なく、全ての村に住職を配置できぬ。かといって、出家した者が一人前の住職になるには年単位の修行が必要だ。とにかく僧を導く師匠が足りぬが、こればかりはどうにもならぬ。」
「すみません。僧侶はダンジョンモンスターとしては召喚出来ません。」
「仮に召喚出来たとしても、僧侶の仕事が出来るのは少数の名前付きだけだ。大した助けにはならぬ。」
なお、檀林のみならず各村にある寺院の土地もダンジョンの物で、水もダンジョンから供給されるため、ダンジョン影響圏内では「不受不施派」は存在を許されない。とはいえマリーはダンジョン影響圏からつまみ出すだけで、それ以上の弾圧まではしていない。