463:接触
【森林ダンジョン前】
キンラン達がダンジョン影響圏のすぐ外でプレハブ簡易宿泊所を組み立てていると、目論み通り見慣れぬ修羅がやって来た。
「そこの者達、ここは『木曽五木ダンジョン』で、立ち入りは禁止されている。速やかに立ち去れ。」
「すんまへんな。そやけどダンジョンの外やから、かまへんと思うんやけど。」
「確かにダンジョンの力は及ばぬ。……上に確認してくる。ダンジョンへは入るなよ。」
そう言うと、修羅はダンジョンの奥へ消えていった。
「団長、何だったのでしょうか。」
「まずは接触には成功や。そのうち偉いさんが出てくるやろ。ダンジョン名は『キソゴボクダンジョン』と。キソは木曽やな。ゴボクが何か。御木あたりやないかと思うんやけど、そんなら樹木ダンジョンやから大成功や。」
「名前で分かる物なのか。」
「丹沢ヒルズには蛭、火浣布の山には火鼠、猫啼温泉には猫、海豚池にはイルカ、那須塩原には茄子が居る。三角草野は茎が三角のカヤツリグサ科でわかりにくいけど。ただ、例外が図書館都市ダンジョンや。たぶん本来は修羅やなかったんやないか。」
【第三層群屋上展望台・世界樹】
「キソゴボク……ゴボク……木曽五木でしょうね。」
「マリーさん、それは何だ。」
「ヒノキ・アスナロ・クロベ・サワラ・コウヤマキ。コウヤマキだけは科が違いますが、異世界の江戸時代に尾張藩が伐採を禁止していた樹木ですね。他にマツやケヤキなどは許可が必要でしたが、明治以降は御料林となり立ち入り自体が原則禁止されています。伊勢神宮の式年遷宮にも使われていますが、これは徐々に地元産に置き換えつつありますね。あと700年か800年は必要でしょうが。」
「そんな古い木が必要になるのか。そこまで太い柱は使っていないと思うが。」
「柱でも500年くらいの檜が必要ですが、一番太い木が必要なのは扉ですね。幅1.2mの一枚板ですから、1,000年程度の檜が必要です。」
「マリーさん、その木曽五木というのは異世界では伐採禁止か。」
「原則。ですね。江戸時代では幕府や尾張藩、明治以降は皇室または政府が必要とする場合のみ伐採されます。そう考えると、交渉は難しいかもしれません。」
「このダンジョンは幕府では無いし、ましてや皇族では無いからな。幕府程度なら自称しても通るかもしれないが、いくら、この世界とは直接関係ない異世界の話と言ってもさすがに大逆罪は無茶だ。」
「このダンジョンは600万石。国人領主などの知行地を除いても江戸幕府の御料程度の規模はありますからね。もっとも、わたしは源氏では無いので征夷大将軍にはなれませんが。」
「交渉が上手く行かなかった場合は……。」
「やはり地域のためには木材は必要ですし、それこそダンジョンの制圧、最悪の場合は攻略も検討すべきかもしれませんね。」
「えらく好戦的だな。」
「それだけの価値はあると思われます。ただ、ダンジョンは圧倒的に守りに強いですから、十分な調査研究が前提です。海豚池からの電力供給のように、諦めざるを得ない場合もあるでしょうね。」
「まだ50年待って自前で材木育てた方がマシか。」
「ただ、それも、ダンジョン影響圏内の建物や橋ならダンジョン構造物で済みますが、影響圏の外となる既存の町では、やはり木材が必要になってきます。建築物や土木構造物は鉄やコンクリートで、燃料は本や新聞で代替出来ないことも無いですが。」
「そして、図書館都市ダンジョンに、関八州と近隣、甲信越ならぬ甲科越を丸ごと支えられる生産力は無いと。」
「地域社会が崩壊しても、ダンジョンの機能で流れ込む難民を丸ごと埋めてしまうことは出来ますが、敵でも無いのに、そんな趙括みたいな事はできませんね。それに、ダンジョンの住民は大抵は近隣諸国に親戚がいます。」
なお、長平の戦いで直接趙軍を埋めたのは趙括ではなく白起。
「遠くから来た岸団はともかく、仙波家や金子家などは武蔵七党だから近隣を見捨てると忠誠が怪しくなる。」
「もっとも、元から国人領主って絶対的忠誠心はありませんからね。ある意味、利益共同体ですから、共に栄えるか内紛を起こすかです。」