446:宇宙帝国主義
【第三層群屋上展望台・世界樹】
「昔の詩人は『ふらんすへ行きたしと思へどもふらんすはあまりに遠し』と言いましたが、この世界ではフランスどころか中国すら到底手が出ません。異世界なら渋沢飛行場からパリのモンゴルフィエ空港まで小笠原ペトゥレル宇宙機で1時間ですが。」
異世界の東京圏では城東区と深川区にまたがる東京市飛行場が中心だが、東京港の反対に近接する羽田飛行場ともども滑走路が短く宇宙機の運用には手狭。そして「成田飛行場」は御料牧場の東北東約3kmにある民間のパイロット養成用飛行場で、遊覧飛行程度しか出来ない。一方、渋沢飛行場は荒川沿いに無駄に長い滑走路を持つ。
「飛行機は敷居が高いにせよ、海すら無いのが致命的だな。」
「移動には不利ですね。あと海が無いので標高の基準が定まりません。かつて、このダンジョンの根元を0mと設定しましたが、それだと周辺の農地の標高がマイナスになり、分かりづらくなります。今は、暫定的に、各地の平地の下の端をそれぞれゼロと設定していますが、影響圏全体での統一的な測量は出来ていません。」
「全部ダンジョン本体を基準には出来ないのか。」
「この世界は、自転と月の影響で概ね三軸不等楕円体ですが、地下構造の影響で数十mの凹凸があります。ですが、影響圏内すら重力場の測定までは手が回っていません。いずれは統一測地系が必要でしょうが。」
「でも、これが三角草野の底みたいな低い場所を基準にすると、この付近の標高は何千メートルにもなり計算が面倒だ。」
「この世界では一般に『尺』が使われますが、何万尺と言われても計算能力がそこまで普及していないためメートル法以上に混乱を招くでしょうね。そもそも、ヤード・ポンド法と同様の十進数になっていない単位系がのさばっている状況は長期的には解消すべきですが。」
「そう簡単にもいかないな。」
「異世界でもメートル条約締結から200年も経っているのに、家電とか自動車とかアメリカ製工業製品はヤード・ポンド法ですからね。」
「この世界もウサギが居るんだから、どこかにアメリカンなダンジョンもありそうな気はするが。」
「ウサギだけに月かも知れませんけどね。2,511層群の40cm望遠鏡なら、月まで何万kmもあるとはいえ直径100m以下の物まで確認可能ですが、さすがにウサギかどうかまでは分かりません。」
「マリーさん、月から、この世界へ来ることは可能だろうか。」
「少なくとも月の表側には、それが可能な技術は無さそうですが、裏側までは分かりませんね。ただ、この世界なのか月なのか他の惑星なのかは分かりませんが、ダンジョンシステムが英語である以上、どこかにアメリカかイギリスが手を出している可能性はあります。でも、その英語を読まなかったのがマスターですよね。もっとも、マスターが英語を読まなかったおかげでわたしがここに居る訳ですが。」
「それで、マリーさんは、いずれ惑星にも手を出すと。」
「はい。昔のイギリスの政治家が言ったように、増大する人口を養い、内乱を避けたいならば、惑星をも植民地化しなければなりません。幸い、この星系には容易に植民地化可能な天体が異世界太陽系と異なり複数あります。月は少なくとも誰か既に住んでいますが、この世界同様に空いた土地はたくさんある模様です。」
「転移魔法でも無い限り、遠いな。でも、転送陣だって魔法では無く、ただのエレベーターだろ。この世界に魔法はあるのか。」
「月が数万km、惑星が数千万km、伴星が数十億km、近隣恒星が数十兆km。残念ながら、空を飛べないのなら中国でも宇宙の果てでも同じ事ですが。わたしが知る限り、ダンジョンの外で使用できる魔法は無さそうですね。英語では魔法と手品は同じ単語ですから、そういう意味なら魔法はあると言うことも出来ますが、手品は物理法則を超えることは出来ません。」
月は異世界より大きく近いため、倉庫内程度の明るさになる。この世界で「少陽」と呼ばれる伴星は遠いため、明るさは大差無い。




