436:西方への道程・芸に生きる、芸の国
【第三層群屋上展望台・世界樹】
「黍の向こうが芸の国。さすがに移民も来ないし商人の行き来もありませんから、黍経由での信じられないような噂ばかり伝わり、実態は全く不明です。」
「マリーさん、例えば?」
「隣の周の国から『鵺亀』という怪物がやってきて、人の手を切り落として饅頭にして焼いて食べる。とか。」
「たしか鵺みたいなキメラはダンジョンの外では生きられなかったと思うが。」
「はい。キメラはダンジョンの外では免疫が拒絶反応を起こすため、名前付きであっても長くは生存できません。」
「獣人は動物と人間のキメラでは無いのか。」
「この世界では違うようですね。」
「ともかく、確からしい情報だけ取捨選択すると、どうなんだろうか。」
「芸の国は芸の国ですね。芸術の国。と言った方が分かりやすいでしょうが、この世界に『芸術』という単語はありません。美術工芸や音楽から茶道などまで、概ね『芸道』が成立するような物を各自が突き詰めるような生き方が一般的なようです。」
「それで、芸の国の人が芸人。と言う訳か。」
「武蔵の住民が必ずしも武人では無いように、そうとも限りません。また、商人が古代中華王国『商』の末裔と限らないように、芸の人でなくても芸道に通じていれば芸人ですね。この世界に『商』があったかは不明ですが、周があるのなら商もあったのでしょう。」
「芸の西が周だったな。」
「はい。周は中国ですから、芸は朝鮮なのかもしれませんが、情報が足りません。なお、ガリヴァー旅行記のラピュータは当時の朝鮮がモデルとも言われています。もちろん、太平洋上にバルニバービこと果遥、ラグナグこと浪南が存在する世界の影響かもしれませんが。」
「ともかく、芸は芸術に生きる国。ということなんだろうか。」
「さすがに噂は誇張が過ぎると思いますが、そういう傾向はあるのかもしれませんね。黍より向こうはあまりにも情報が足りませんから、憶測であれこれ言っても意味がありませんが。」
「直接調査団を送るべきだろうか。」
「さすがに遠すぎますね。針のシメジ城から芸までは往復100日くらい必要でしょう。街道がちゃんとあるか、治安に問題が無いか、そのあたりも全く不明です。冒険者に依頼するにも報酬が高額になりますし、信頼性の問題もありますね。」
「嘘を付く。とか?」
「意図的に嘘を付かなくても、そもそも民俗学の調査には長けていない冒険者の場合、間違える危険が高くなります。録音・録画を行うことで誤認の危険は減りますが、それも100日もかかると電池が持ちません。」
「それこそ自動車用の電池でも持ち運べば、かなり容量はあるのでは。」
「確かに、半導体電池は重量エネルギー密度が1~1.2kWh/kgありますから、1kgの電池を1~2個持ち運べば足りるでしょうが、徒歩または馬で運ぶにはいくらか重い気がします。自動車が使えれば良いのですが、途中で充電できませんからね。」




