435:西方への道程・西の大国、黍の国
【第三層群屋上展望台・世界樹】
「次に、黍は針の向こうにある超大国だったな。」
「広さは1,000km四方を越え、異世界との対応では岡山・香川と広島の半分に相当します。異世界だと現存天守が4つもありますが(ちなみに濃尾は3つ。関東には水戸城しか残っていない)、この世界でどうなっているかは不明ですね。経済的にも重要な地域ですから、当然、商都梅田は鉄道を延ばしたいそうですが、電気抵抗の問題があるため上手く行きません。」
「遠すぎるか。海が無いから、この世界交易は不便だな。」
「わたしは『無ければ作る』なんて世迷い言は非現実的だと思いますが、その中でも海なんて特に作るのは困難でしょうね。」
「水の量か。」
「はい。世界のコアは鉄ニッケル合金ですが、かなり多くの水素を含むため、この水素と地殻の酸素で水を生成可能です。理論的には、この砂漠の惑星に海を作ることも可能でしょう。例えば三角草野はかなり標高が低い場所にありますから、海を作れば水没させることが可能です。でも、海水の量は膨大です。」
「世界のコアの水素で賄えないくらいか。」
「いえ、それは海を何十も作ることが可能な量です。問題はダンジョンの能力の制約ですね。現在、このダンジョンが使う水が1日1億t程度。水の生産量は10億t行かない程度ですね。見沼などダンジョン中心部の貯水池群は面積3万km2を越え、総貯水量は1兆t。満水にするには時間が必要です。一方、海は100京tを越えます。今後ダンジョンに余力が出来たとしても、海を作るには千年単位の時間が必要でしょう。」
「あと、海どころか運河もダンジョン影響圏内でしか作れないな。」
「はい。運河はかなり大きな物で、自動車道より大がかりになりますから、ダンジョンの外に作って、かつ水を供給し続けるのは困難です。特にダムは徹底した地質調査と慎重な設計をしないと容易に崩壊したり貯水池が溢れたりします。ダンジョン構造物なら簡単なのですが。」
「結局黍に行くなら飛行機か。」
「はい。わたしは3年くらい前からそう言っていますが、残念ながら今のところ飛行機の入手は出来ません。確かに、飛行機を産するダンジョンなど容易には見つからないでしょうが。」
「江戸時代より進んだ技術を持つダンジョン自体が極めて希少だからな。」
「海豚池ダンジョンが前世紀初めの1910年頃、つまり世界大戦以前ですね。商都梅田がその少し後、1920年代です。異世界日本の三大航空会社は1922~23年設立ですが、商都梅田は駅ダンジョンなので鉄道関係しか入手出来ません。あと、このダンジョンが21世紀後半までの図書館とその備品を入手出来ます。」
「でも、図書館で飛行機、少なくとも旅客機は入手出来ない。」
「そこが問題ですね。仮に空港ターミナルに自治体の公共図書館があったところで、飛行機は図書館の備品では無いので複製召喚出来ません。例えば、祖国地雷工場のうち3階に図書館がある棟は、異世界では図書館の隣に書店がありますが、召還時に本屋の商品や什器は入手出来ませんでした。また、第58層群はバスターミナル併設ですがバスは入手出来ません。今後ダンジョンの成長で併設施設の備品等も入手出来るようになれば良いのですが。」
「つまり、飛行機工場や空港など、直接飛行機に関わるダンジョンが見つからない限り、飛行機は永久に手に入らない訳か。」
「飛行機、というだけなら、今後、入手が可能になる可能性はありますが、旅客機は難しいでしょうね。永久に、ということは無いでしょうが、十分に安全な飛行機を工場で生産するとなると、高度な産業基盤が必要です。人材も設備も不十分なこの世界では、10年や20年では効かないでしょう。」
「10年なら早いな。」
「はい。明治維新の1868年から、小笠原プロダクションの最初の旅客機が就航した1923年まで、45年。十分安全な旅客機アルバトロスの就航は1964年なので、96年ですからね。30年でも十分早いでしょう。」
「それで、マリーさん、『飛行機、というだけなら』ということは、可能性はあると。」
「はい。このダンジョンは国や地方による公的な図書館や類似施設を召喚可能です。陸軍の航空学校を備品ごと召喚できれば、練習機なら入手可能になると思われます。まだダンジョンの力が足りませんし、練習機ではあまり遠くまでは行けないとは思いますが。」
「それでも遠すぎて黍のことは分からないと。」
「はい。さすがに遠すぎて移民も少ないため情報は乏しいですが、修羅だと黍と言うだけあって稲科、さらに桃など薔薇科、葡萄など葡萄科も居る模様です。でも、分からない事ばかりですね。」