428:火豚を切る
【第三層群屋上展望台・世界樹】
「大急ぎで外征軍を配置しないといけないな。」
「マスター、東の三島郡はダンジョン影響圏の端から100km程度と比較的近く、夜の間に火豚隊を展開可能です。相手が斜面の途中で野営している所へ火箭を打ち込みます。三島郡及びその西の刈羽郡、頸城郡の東端には狂犬隊・山猿隊などを配置。敵が斜面を登り切ったところで射殺します。長大な頸城郡中部・西部方面は見張台などの拠点のみ防衛するのが精一杯で、残念ながら農地にはかなりの被害が避けられません。」
「ダンジョンには外征軍を持つ利点が乏しいからな。数が少ないのは仕方ない。そもそも国であれダンジョンであれ、この世界で外征軍は少ないのでは。」
「この世界、基本は封建制ですからね。あと、畜生は動物に性格が影響されるため、数が多く、かつ団体行動が可能で近代的軍隊として組織できる畜生は限られます。狐狸とか猫とかは先天的に軍人には向きません。」
「蜂や蟻は性格的には向いていそうだが。対応したダンジョン以外では使えないか。」
「巨大昆虫は固有法則無しでは自重で潰れる上に呼吸もできませんからね。逆に小型の昆虫は危険です。もちろん脳の制約で知能も昆虫並みですが、うまく使うときわめて危険なことになります。とはいえ、名前が軍隊蟻であっても軍隊とは違うものですね。」
「結局、犬猿雉ならぬ犬猿鶏と豚。というのは仕方ないか。」
「牛頭馬頭や馬脚は農耕・輸送などの仕事が多いので職業軍人にするのは勿体ないですから、犬猿鶏豚にウサギを加えて5種類ですね。犬が歩兵、豚が火箭砲兵、猿も歩兵ですが山岳兵、鶏は迅速な移動を旨とする軽歩兵、そしてウサギは戦車と機械化歩兵となります。」
「他の畜生や人間・修羅は軍人が少ないから集団運用はできない。か。」
「この世界の人間は軍人より侍になりたがりますからね。将来的には人間の部隊も編成したいとは思いますが。修羅や他の畜生に関しては1種だけでは数が揃いません。修羅風に学名で言うなら、狂犬隊はカニス・ルプス、山猿隊はマカカ・フスカタ、火豚隊はスス・スクロファ、鶏鳴隊はガルス・ガルスのみで編成されています。ウサギはオリクトラガス・クニクルス。よくいる兎獣人はレプス・ブラキウルスで実は種類が違います。」
「要するに学名で同じ種類か分かると。」
「ただ、学名は異世界で命名されるため、頭だけ馬である牛頭馬頭の馬頭も、ツクバみたいな下半身と目・耳が馬の馬脚も、一般的な二足歩行する馬獣人も、動物の馬も、全部学名は『エクイウス・カバラス』ですから、そういう区分は出来ませんね。」
動物の馬でも二足歩行したり人間の言葉をある程度理解する者も居るが。
「マリーさん、なら、異世界に居ない生物は学名も無いのか。」
「はい。河童・天狗・鬼など外道種族には学名はありません。河童の一部は畜生道でルトラ・ルトラ、烏天狗はミルヴス・ミグランスなどだったりしますが。」
「要するに六道に属すれば学名があり、外道には無いと。」
「いえ、六道のうち修羅・人間・畜生には学名、餓鬼も似たような発想の国際標準名がありますが、天と地獄にはありません。異世界では天と地獄は宗教の領域で科学的には解明されていないからでしょう。」
【越の国・三島郡】
「陽新、東串、藍塘、火箭の準備は良いか。」
火豚隊の梅山軍曹は、図書館都市での計算に合わせて斜面の途中で野営する三角草野の蚊帳吊草科修羅に照準を合わせ、トラックの荷台に載せた多連装火箭を準備する。命中精度は非常に低いため、24発を釣瓶打ちしたところで当たるとは限らないが、少なくとも驚かせる効果はあるだろう。
「分隊長どの、いつでも火豚を切ることが出来るブヒ!」
正しくは「火蓋を切る」で、火縄銃の火蓋を開き戦いを始めるという意味。
「隆林、寧郷、楽平、そのまま待つブヒ。」
その数百m向こうでは、金華分隊が同様に火箭を準備し合図を待つ。火豚隊の分隊はトラック1台と乗用車1台で人数は4人。
「玉江、清平、関嶺、照準を合わせるブヒ。」
太湖分隊も図書館都市からの指令により、その次のカヤツリグサ修羅に照準を合わせ、待機。
「内江、栄昌、成華、準備ヨシ。こちら新淮分隊、準備完了ブヒ!」
そして、新淮分隊も準備を終え、中隊本部からの指令により4台の発射機から一斉に火箭が放たれる。
図書館都市からは直接は電波が届かないため、無線技士の豚獣人が中継することで、タムワース分隊など所属が異なる火箭も同時に発射する。