421:いろいろとおかしい
【第三層群屋上展望台・世界樹】
「マスター、越の市場規模に対して、明らかに行商人の流入数が異常です。」
「なにか三角草野がろくでもないことをしていないだろうな。」
「ダンジョン影響圏に入ってくれば、行動は監視できます。もちろん思考は読み取れませんが。ですが越の半分は影響圏の限界より遠くにありますし、残りの半分も、マスターもご存じのように、既存の町は全部ダンジョン影響圏に含まれませんから、行商人が町で何をしているかは不明です。」
「持ち込んだのは、莚・蓑・笠だよな。」
「あと種子ですが、これは全て没収しています。三角草野では雑草の種子が通貨のようで、かなり揉めたそうですが。」
「商人なのに通貨の没収に応じたのか。」
「少量ですし金額的にも少ないですからね。通常は倉庫に預けて、紙の預り証を持ち運ぶ、つまり米切手と類似の仕組みですが、当然越では価値はありません。彼らも越の通貨事情は分かっているようで、金塊を持ち込んでいます。」
「商品を売りに来たのに、金を持ってくるのか。」
「何かを買い付けるつもりなのかもしれませんが。大和堆国は物々交換のようですから、貴金属が流通する越の方が商売は容易と思われます。ただ、何かよからぬ目的を持つ可能性もありますね。残念ながらダンジョン影響圏外なので、取れる対策も限られますが。」
「行商人の人数はどの程度だ。」
「およそ2,000人ですね。越は交易の中心である渟足柵と国府今池が人口3万人規模、長岡や新発田と言った主要都市が1万人を越える程度ですが、今池付近には1,000人ほど居ると思われます。」
「そろそろ危険な数か。」
「越の人口は300万で今池が3万ですから、3,000人を超えたら出国と同数しか入国を認めないように越に依頼しましょう。人間だと中でどんどん殖えますが、修羅なら殖える心配は要りません。」
【越国府・今池】
「これはこれは越守様、お日柄もよろしく。」
三角草野の行商人が国主の佐藤越守に謁見していた。米所なのに砂糖とは妙な話だが、稲も砂糖黍もイネ科であり人間の名字なんてその程度の正確さ。
「谷地坊主に乗りし者、と言ったか。」
カレクス・ツンベルギィ、谷地坊主に乗りし者は、禿頭、上半身裸、腰布。神官なのでつまり坊主である。
「三角草野の神官です。この国で言うところの『外交僧』の役割も担っています。三角草野の太陽に愛されし者猊下の書状をここに。」
「ふむ。越山の話か。確かに図書館都市のおかげで魔の山は迂回できるが。ただ、その図書館都市と戦うというのは難しいぞ。なにしろダンジョン核は何十万尺もある塔の頂だ。」
「越守様ご自身が、腕利きの冒険者達を護衛という扱いとして、会談と偽って会見を申し込み、会談の場からダンジョン攻略を始めれば良いでしょう。」
「さすがに茶室刀(茶室でも持ち込みが許される護身用の短い木刀)でダンジョン攻略はできないぞ。とんでもなく強力な怪物が居るのは間違い無いからな。冒険者は会談の場ではなく、その手前で待機させ、会談中に攻略を始めさせる。あたりか。ただ、どういう怪物が居るか分からないことには、準備のしようがない。」
「あの規模のダンジョンなら、とんでもなく強力な怪物を飼っているのは間違い無いですが、この国の商人も冒険者も誰も知りません。越守様もご存じ無いですか。」
「ああ、知らぬ。蛇が出るか蛇が出るか。」
もちろん誤用。この世界では鬼というのは外道種族。つまり、仏教以外を信仰し六道輪廻から外れる種族の1つであり、酒呑みの外国人を赤鬼青鬼と誤認したものではない。
「一度冒険者を送り込んで、どういう怪物が居るか確認して、対策して再度……難しいか。」
「確かに、普通はダンジョンは何度も冒険者達が挑戦し、情報を集め共有して攻略する。だが、図書館都市はダンジョンにして国だ。越山を試みて我が越を報復の危険にさらすのは、国主として出来ぬ。だが、冒険者が単独であの塔を下から攻略するのは無理だろう。むしろ、そなたたち三角草野が使節団を派遣する方が、まだ塔の上の方まで行けそうな気はするぞ。」
「……それは……。」
さすがに死ぬと分かっている任務に自ら志願する修羅は居ない。人間なら居ないでも無いが。
「そなたたち三角草野の者は知らぬかもしれぬが、図書館都市が数年で急成長したのは、小塚原刑場などいくつものダンジョンを滅ぼしたのみならず、東の筑波と暴走した粟総連合を皆殺しにしたからだ。越の中部から南東部は図書館都市の手が届く範囲だ。あのダンジョンは『鳴かぬなら、根切りにしよう、ホトトギス』と、平気で100万人でも皆殺しにするだろう。」
とんだ悪評。マリーは張献忠か何かのように思われている。
「その悪のダンジョンが、修羅と草食畜生には麦などイネ科植物の葉、人間には米や麦を食べさせている。許しがたい悪行です。餓鬼すらも米や麦の酒を呑むことを余儀なくされている。」
「いや、別に強制されている訳では無いが。」
「その思い込みが、厚かましい稲科による洗脳です。なぜ紫蘇ダンジョンがそんな世迷い言に加担しているのかは不明ですが。」
断言するカレクス・ツンベルギィ、谷地坊主に乗りし者。なお、カレクス・ツンベルギィならぬ異世界のカール・ツンベルク(ただし原語の発音はトゥーンベリに近い)が、この世界でどの外道種族に相当するかは彼ら(せん人と雌雄同体だが)も知らない。