420:雑草たちと植物検疫
【越の国・頸城郡・谷底】
越国府・今池の西から三角草野へ向かう谷は越北端では深い谷になっている。急斜面をよじ登るより谷沿いに侵攻するほうが容易なので、図書館都市は越に谷を塞ぐように要塞を作らせている。要塞は今池から180km、図書館都市ダンジョン転送陣の端から240kmの場所。
「で、やっぱり頸城に来るのね。」
愚痴る頸城郡司。丘の上の見張り台から谷に向けて進んでくる草鞋が見つかったため、郡司達は急遽砦に駆けつけた。
「郡司様、ここが三角草野の中心から一番近いと思われます。なお、草鞋1つに乗ることができる蚊帳吊草修羅は多くても5人程度で、ダンジョン外では固有法則は使えませんから、軍事的脅威は無いと思われます。」
「また使者でしょうか。」
「おそらく。」
「なら、面倒事は図書館都市にお任せね。」
【第三層群屋上展望台・世界樹】
「何度来ても同じです。稲を雑草に切り替えることは出来ません。」
砦に通信を繋いだマリーは言う。来訪者は蚊帳吊草修羅3人。いずれも大荷物を背負っている。
「フィンブリスティリス・セリアケア、砂浜で遊ぶ者。今回は莚・蓑・笠を売りに来た。後ろの2人は、フィンブリスティリス・ウェラータ、沼で布を織る者とフィンブリスティリス・フェルギネア、岩を積む者だ。」
三角草野の住民は本名を秘匿し、種族名と通称を名乗る。名前から分かるように3人は同属。
「越は米所で、こういうものは稲藁や竹で作ることが出来ますから、あまり売れないとは思いますが。」
「いや、別に売れなくても大丈夫だ。目的は……あ、いや、全く売れない訳は無いし、三角草野には材料は無尽蔵にある。」
【越の国・頸城郡・谷底】
越国府・今池まで歩いて5日もかかるのに、商人達は続々とやってきた。
「種は没収。生きた植物の持ち込みは禁止だ。」
砦には常時侍数人、足軽10余人、武家奉公人約10人が詰める立派な関所が設置され、大荷物を背負った蚊帳吊草修羅達が列を作っている。
【第三層群屋上展望台・世界樹】
「三角草野って、こんなに行商人が多いダンジョンとは思わなかったな。」
ダンジョンマスターが関所を映した空中の仮想窓を見ながら言う。
「人口が分からないから何とも言えませんが、異世界江戸時代の越中なら人口約60万人に5,000人の薬売りがいたそうです。この世界、ほとんど砂漠ですから、三角草野に行商人がたくさん居たとしても1万人を越えるとは思えませんね。ただ、1/4が越へ来たとして、多ければ2~3千人になる可能性はあります。」
「もし、食料生産ダンジョンだったら、かなりの人口が居たりしないか。」
「マスター、食料生産はダンジョンエネルギーよりも太陽エネルギーを使う方が得ですから、そうでないダンジョンはそこまで大規模になるのは難しいと思います。おそらく三角草野の本質は草原で、草原の草を絞ったものが食料だと思われます。その場合、人口が百万を超えることは無いと思われます。」
修羅用なので、色は汚らしい緑色、味は夏場の藻が湧いたドブの水。異世界でもそこらへんの草をミキサーにかけたら似たような物が出来るが、人間への安全性は保証できないし、そもそも修羅と人間は必要な栄養素が異なる。
「それにしても、行商人達は今池で何をしているんだろうか。」
「ダンジョン影響圏の外はカメラを設置した場所だけが見えますから、分かりませんね。今池に監視カメラを置くのも政治的な問題がありますし。ただ、たいした需要も無いはずなのに何百人も商人が来るというのも妙な話です。」