416:三角草野が種まきゃ図書館都市がほじくる
【第三層群屋上庭園】
「え~と、世界半径6,595km、影響圏半径は1,373.45kmなので、弧長2,746.90km。計算すると矢高144.60km。影響圏が視界半径となる塔の高さは141.50km。現在の高さが約142kmなので……。」
空間投影した球体をくるくる回しながら考えるマリー。
「この世界は1日と1月が等しく、月の影響で三軸不等なので、それを考慮し、世界の表面積とダンジョン影響圏の理論面積を……さすがに難しいですね……。」
「そして、衛星軌道に乗るには、第一宇宙速度、だいたい8.3km/sが必要です。転送陣が0.17km/sと1/50。磁軌砲の加速には機械が耐えられない。人工衛星での偵察もできませんか。さて、三角草野をどうしましょうか。」
【とある酒場】
「なになに、除草を手伝うことで越の向こうにある三角草野ダンジョンの膨張を止める。か。単なる草むしりの仕事という訳では無さそうだ。」
冒険者の右馬太夫は壁に貼られたチラシを見る。この世界でよくある和紙に木版印刷したものではなく、ダンジョン備品のアメリカ製複合機でコピー用紙に印刷した物。
「え~と、左衛門太郎、こいつはダンジョン同士の正面衝突ってことか。」
「兵衞次郎、ダンジョンと言うのは、守りには強いが、ほとんどの怪物はダンジョンを出ることすら出来ず、攻めるのはてんで駄目だ。図書頭様も三角草野へ遠征なんて出来ない。一方、三角草野も、どんな強力な怪物が居ようともダンジョンを出るのは不可能、あるいはダンジョン外では力を発揮できず、住んでいる修羅に雑草の種を播かせて越の百姓を追い出さないと、ダンジョンを広げることが出来ない。」
「ダンジョンは人が既に住んでいる村を呑み込むことは出来ない。だったな。」
「そう。この西の入間は、すぐ近くなのにダンジョンに含まれない。だから、ダンジョンから産物を入手するための町は、大抵ダンジョンのすぐ隣に作られる。そうすれば寝ている間にダンジョンが勝手に落とし穴を作って家が沈むなんて事は無い。」
右馬太夫の問いに左衛門太郎が答える。とはいえ、誤って、あるいは往復時間節約のためダンジョン内に町を作り、ダンジョンにシンクホールを作られて犠牲者が出る。というのは時々ある話。ダンジョンには一定数の生贄が必要であり、しばらく犠牲者が出ていないと「腹を空かせて」人を食べようとする。
「よーするに、三角草野で飼われている修羅が種を播き、図書頭様に飼われている俺達が引き抜いて廻る。というわけだな。」
「ああ、兵衞次郎が言うとおり『権兵衛が種まきゃ烏がほじくる』だ。それを権兵衛が蛇と相打ちになるまでひたすら続ければ烏の勝ちだ。つまり決定打は蛇か……。」
「蛇?」
「分からないな。何かの策があるんだろう。」
【越の国・刈羽郡】
図書館都市から1,373.45km。影響圏の端まで転送陣があるが、距離の制約により越の半分しか守ることは出来ない。
「三角草野との境界、鉄条網までは30里もある。」
刈羽郡司は地図を見ながら部下達に指示を出す。
「冬の間に、最低限の砂利道を作る。それで図書館都市の絡繰荷車が使用できる。去年蒔かれた種は春になったら芽を出すが、農繁期なので農民の動員は出来ないため、冒険者を雇って引き抜く。」
【越の国・頸城郡】
「なんで、刈羽と三島の担当は20里づつなのに、この頸城の担当は100里もあるのよ。」
「郡司様、地形の影響なので仕方ありません。」
「古志や魚沼にも手伝わせるべきじゃないの。」
「遠すぎます。ただ、位置的に頸城が最前線ですから、図書館都市から御実城様へ、頸城郡へ重点的にテコ入れするよう依頼されています。」
越国主のことであり、謙信では無い。




