410:一階の世界・二階の世界
【越の国・サドの西】
越の北端、平地の端に、図書館都市ダンジョンが支援し、越が費用を負担する形で村や詰め所が作られていく。
「何があっても、これらの村を捨てないこと。で良いんだな。」
三島郡司が通信機に向かって言う。
「村があるとダンジョン影響圏は広がりません。一時的な避難は仕方ありませんが、年単位の放置は危険です。最悪の場合、越の大部分がダンジョンに呑まれます。三角草野は皆さんを利用、いえ、共存するつもりは無いようですから、ダンジョン化を止めないといけません。」
通信機越しにマリーが答える。
【第三層群屋上展望台・世界樹】
「西の頸城郡方面は距離が遠く直接は通信が届きませんから、有線で繋がないといけませんね。」
「越は広いからな。」
「推定で東西1,000kmもありますからね。最悪の場合、その全面に鉄条網が必要です。それでも異世界新潟県の4倍程度ですから、サイズ感としてはそこまで大きくもありません。面積は異世界日本の7割くらいですね。もちろん異世界もいろいろですが。」
「いわゆる平行世界というわけか。」
「IFの誤読で1Fの世界と言ったりしますが、一階があるなら二階の世界もあるでしょうね。図書館都市ダンジョンは技術発展が異なる様々な異世界の文献を入手可能ですが、残念ながら工場が無いため知識を十分に生かすことができません。」
「ホームセンターダンジョンの方がそういう点では有利だな。」
「あるいは、Ratitaeとか白居易とか四十大盜とかの通販サイトですね。国によってはホームセンターで鉄砲を買うことが出来ますから、ゾンビ映画ではホームセンターに立て籠もるのが定番です。」
「そういうホームセンターがあれば、ウサギにも十分に武装されられるが。」
「ですが、資本主義社会の致命的欠陥として『進歩を止めると破綻する』というものがあります。ですから、世の中が異世界の既存の『物』を取り寄せるダンジョンだけでは、進歩が無いためいずれ破綻します。」
「格差拡大では無いのか?」
「いえ、進歩があれば、いくら天才資本家、鉄鋼王カーネギーとか石油王ロックフェラーとか発明王エジソンとか自動車王フォードとかが巨万の富を積んだところで、より新しい技術が次の大富豪を生み出します。逆に、技術開発を妨げられ進歩が止まると社会は維持出来ず破綻します。」
「何か、人間牧場の運命と同じ種類の制約にも思えるが。」
「おそらく根本原理は同じでしょうね。生物であっても社会システムであっても、止まっていては生きていられない。と。」
もちろんマルサス・ダーウィン主義、「科学的優生学」に基づくマリーの見解であり、それが真実という訳でも無い。マルクス・レーニン主義では当然見解は異なるし、真社会主義(真社会制を主張)や哺乳類主義(鳥に似た「家族制度」の廃止を主張)に至っては……。
「あの、そもそもの話だけど、ホームセンターダンジョンは異世界のホームセンターの商品を複製召喚しているわけだろ。時間経過で異世界の技術が進んだら、入手出来る商品も進歩するのでは?」
「おそらく難しいでしょう。商都梅田は成立から100年以上経っても異世界日本では20世紀後半以降に一般的なアメリカ製の通勤電車を入手出来ません。1930年頃の電車までです。」
もちろん、異世界にはアメリカの特許を回避し生産された変態車輌もあるが、いずれにせよ商都梅田では入手出来ない。
「つまり、このダンジョンでも、22世紀の本が入手出来るようにはならない可能性が高いということか。」
「おそらく。まだ設立4年目ですから何とも言えませんが、複製召喚の対象が21世紀後半まで。という制約は変わらないと思います。いくら何でも全ての異世界がそこで日本語を放棄、あるいは文明崩壊したとは思えませんし、単純にシステム的な制約なのでしょう。」
「それで、さっきの話だが、21世紀末までなら、異世界の知識を取り寄せ、工場を作って製品化すれば対応出来るが、このダンジョンがそこに到達してしまうと、そのままだと文明が停滞し社会が破綻するという訳か。」
「はい。その通りです。現状では、22世紀以降の技術は自前で開発しないといけません。」