406:正体不明の敵
【第三層群屋上展望台・世界樹】
「マリーさん、それにしても、相手の正体が分からないと敵か味方かも分からないな。」
「でも、相手はおそらく蚊帳吊草科の修羅ですからね。修羅道というのは光や水を巡って争う戦いの世界です。相手ダンジョンが住民を追放してでも拡張している。ということは、このダンジョンのように既存の村やダンジョンを放置して放射状に広げる、つまり既得権には配慮するのでは無く、面として拡張を進めているということですから、影響圏が接したら衝突は避けられないのではないでしょうか。」
マリーも都合が悪い小村や管理者無しのダンジョンは破壊しているが。
「つまり、衝突を前提として対応を考える方が良いということか。」
「はい。相手が既得権を軽視する侵略的ダンジョンであると言うこと、カヤツリグサ科というのは農業的には魅力に乏しく、こちらも協力・妥協する意義が乏しいことから、衝突の危険は高いでしょう。」
「農業的な魅力?」
「特に、産業的に有用な熱帯作物、油ヤシやパラゴムノキは、植物園ダンジョンでも見つからない限りは、椰子科や灯台草科の名前付き・名前有り一般モンスターとして召喚し、植物体を増やすのが最も手っ取り早い方法です。ですから、そういう有用作物を産しうるダンジョンに対しては、こちらもある程度の利益供与は必要です。修羅というのは利害を重視する種族ですから。」
「江戸時代水準で甘藷や馬鈴薯がある世界で良かったな。これが大航海時代以前ならジャガイモやトマトやタバコまで那須塩原に頼む必要があった。いったいどれほどの生贄を要求されることやら。」
「タバコは、このダンジョンでは建物内は禁煙になってしまいますが。それで、海豚池ダンジョンのように、マイルカ科のみならず広く偶蹄類の畜生を召喚可能なダンジョンもあれば、このダンジョンのようにシソ目でも科が違う桐などは召喚出来ない場合もあります。ただ、畜生の場合、修羅と違って『動物体』みたいなものはありませんから、畜生を召喚しても家畜を殖やすことはできません。畜生が繁殖して産まれるのは同じ畜生、美濃牛の子は美濃牛で飛騨牛にはなりません。」
「なら、家畜はどうやって入手するんだ。」
「牧場ダンジョンや動物園ダンジョンでしょうね。ですが、この世界の豚獣人にデュロックやランドレースが居ても家畜の豚には欧米系の品種が見当たりませんから、おそらく牧場ダンジョンは希少と思われます。」
「ムック本に生きた豚が付いてきたりはしないからなぁ。」
「コーヒーやカカオは『材料から作る』系の雑誌から栽培実験に成功していますから、食用であっても生きた子豚が付属する雑誌でもあれば可能なはずです。想像も付きませんが。」
「種ならともかく、生きた豚は書籍の流通ルートに載せるのは無理だろうな。」
【第三層群屋上展望台・世界樹】
「三角草野が大規模ダンジョンである。ということは、普通は大量の生贄を確保する手段があるはずです。一方、村で雑草を蔓延らせて住民を追い出す。ということは、人間牧場では無いと思われます。もしかしたら、何か未知の方法があるのかもしれません。」
「単純に人間は殖えすぎるからリスクと考えて除外しているのかもしれないぞ。」
「その可能性もありますね。でも、それなら修羅や畜生はさほど殖えませんから、ダンジョンを拡張するなら、このダンジョンのように大々的に移民を募集していそうなものですが、その様子はありません。」
「それこそ雑草のように修羅を増やす方法があるとか。」
「それが可能な固有法則があると危険ですね。修羅は植物系の種族ですが光合成をする訳では無いため、殖えすぎたら食料が枯渇しかねません。」
普通の植物用肥料と修羅用液肥の違いは、ブドウ糖やアミノ酸などを含むことだが、ダンジョンエネルギーで入手する場合は組成を調整できるため、糖類などを含まない事実上の植物用として入手も可能。
「ダンジョンで食料を調達するならエネルギー収支が合わないし、畑で栽培するにも農地が必要か。」
「砂漠なので、土は痩せて雨がほとんど降りませんからね。そして、たまに雨が降ったら洪水です。水自体は世界のコアから供給可能ですから、雨降らし龍のヴァサンティみたいな能力があるなら何とでもなるでしょうが。」
「雨降らし龍でも三角草野は広すぎないか。」
「それこそ『アプリシア』という雨降らしに特化した畜生が居ます。でも、海産なので普通のダンジョンでは生活出来ませんね。三角草野が海属性も持つ複合ダンジョンなら別ですが、海ダンジョンが間違えてカヤツリグサを召喚する、あるいはその逆というのは考えにくいと思われます。」