405:隣のダンジョンを出歯亀する方法
【第三層群屋上展望台・世界樹】
「塔で覗くのは無理、人工衛星は手が出ない、偵察機は……。」
「このダンジョンの工業力で製造、というか改造可能な偵察機など、初歩的な固定翼型ドローンがせいぜいです。電動ではどうしても航続距離が限られますし、地平線より向こうでは制御ができませんから、作るのに手間がかかる割りには効果は乏しいでしょうが、他に方向はありませんからね。でも、重大な問題があります。」
「問題か。」
「ダンジョンの外から覗くのならともかく、影響圏上空に侵入するのは領空侵犯と見なされ、ダンジョン間戦争を引き起こす危険性があります。もちろんこの世界に『領空』という単語はありませんが。」
「そうなると……。」
「ダンジョンは守りには強いですから、このダンジョンを守ることは可能でしょう。ですが、もし越や毛が荒らされると400万人が難民となり、このダンジョンが破綻します。越の北側で食い止めないといけませんが、ダンジョンは外征が苦手ですからね。相手もダンジョンですが、外征が特異な例外の危険性はあります。」
「ダンジョンの機能が使えないからな。」
「三角草野の影響圏半径が500kmとして、この世界の半径が約6,600kmですから、外から覗くには高さ19km、成層圏飛行船が必要になります。しかも500kmもの距離があるので解像度が不足します。」
「難しいか。」
「現状では不可能ですね。可能性があるとすれば潜入、それも500kmもの距離を移動し、相手から隠れないといけません。」
「食料を持ち込む訳にもいかないな。となると、カヤツリグサ科の草を食べる畜生か。」
「牧草って基本はイネ科ですから、あまり向いていないとは思います。あと、馬だと足は速いですが隠れるのは苦手ですから、潜入には向きませんし、亀は足が遅いので往復何十日も必要になります。」
「やはり広きすぎるな。」
「亀獣人を送り込み覗きをする『出歯亀作戦』も考えましたが、なにしろ相手が広すぎます。」
「亀か。亀は目立たないし、案外足が速いし、潜入には向いていそうだが、さすがに片道500kmは厳しいか。」
「馬脚でも何日も必要な距離ですからね。覗きで無いなら自動車が一番ですが、正々堂々車で乗り付けられる関係でもありませんし。」
「戦車で行くとか。」
「電気自動車を改造した非力な簡易戦闘車両に装甲を付けたら重すぎます。そもそも相手はダンジョンですからね。仮に陸軍の戦車を揃えたところで、落とし穴でも何でも容易に対策されるだけでしょう。」
「なら、空爆か。」
「確かに、この世界、自分のダンジョン以外で飛行可能な存在は少ないですからね。わざわざ対策を考えるダンジョンは少ないと思います。ですが、三角草野は飛行する草鞋を使っていますから、おそらく防空は万全でしょう。それこそ遠方から対処しきれない速度でラジウム爆弾でも使うくらいでしょうか。」
異世界は第二次世界大戦が無く、核開発は土木用の「核ダイナマイト」や原子炉が先行したが、核ダイナマイトは無様な失敗に終わった。このため核兵器は使用されたことがない。
「ラジウム爆弾は存在しないし、いきなり先制攻撃するものでも無いと思うが。」
「……ダンジョン攻略では無く、まず、情報収集の話でしたね。」
「確か亀を送り込んで。」
「はい。『出歯亀』ですね。実際に亀というわけにはいきませんし、直接使節団を送るには危険な相手ですから、どうやって情報を集めるか。悩ましい問題です。」