401:草原の悪魔、三角草野ダンジョン
【第34層群・生涯学習棟・小研修室】
「これはこれは越の越後屋さんではないですか。まだまだ火浣布の山で金は産しませんが、さすが情報が早いですね。」
図書館都市ダンジョンへ越の両替商。越後屋がやってきた。
「図書頭様、鉄に続いて、いよいよ金山ダンジョンを育てられますか。それは知りませんでしたが、よしなに。今回来たのは、我が越の国に問題が起きまして。」
「『魔の山谷川』が暴れていますか。」
「いえ、今のところ動きはありません。誰も通らなくなって飢えているはずですから、何か仕掛けてくるかもしれませんが。」
魔の山谷川は、毛と越の間にあり、この100年だけで800人を食べた危険なダンジョン。ヒマラヤのループクンド湖みたいな骨で埋まった池がある。
「警戒は必要ですね。」
「越の北に、『さんかくそうや』あるいは『みすみくさの』と呼ばれる超大型ダンジョンがあることはご存じと思いますが。」
「いえ、初耳ですが。」
「越のずっと向こう、位置的には蛇の北の方になる寒い地方に大和堆国という国があります。」
「九州、鎮西と言うのでしょうか、そこの邪馬台国では無くて?」
「それは知りませんが。それで、越と大和堆国の間にある、きわめて広大なダンジョンが三角草野です。」
「草原なのでしょうか。そうだとすると、砂漠が多いこの世界では貴重な存在でしょうね。」
「草原ですが、利用出来ない土地です。草の質もさほど良くはありませんし、何よりこのダンジョンには『草原の悪魔』と呼ばれる、空を飛ぶ巨大な草鞋を操る修羅がいて、外の者が足を踏み入れると襲ってくるのです。」
「空を飛ぶ……草鞋?」
ダンジョンの固有法則があるなら、飛べないはずのドラゴンでも空を飛ぶ。というのはマリーも知っているが、草鞋というのは想像の範囲外。
「小屋ほどの大きさの草鞋が、草原の上を低く、滑るように飛ぶとのことです。」
「……いまひとつ絵面が思い浮かびませんが。……超大型ダンジョンと言うことは相当広いと言うことですね。」
「おそらく幅300里くらいはありそうです。」
「それは246里ですね。普通のダンジョンはそれ以上の広さにはなりません。それにしても、このダンジョン以外にそんな大型ダンジョンがあったのですね。」
「このダンジョンは旅の者を襲ったりはしませんから良いのですが。それで、問題というのは、三角草野が広がっていることです。」
「変ですね。普通のダンジョンは半径123里が限界のはずですが。それに、村などがあればダンジョンは広がらないはずです。」
「それが、今年、ダンジョン近くの村々で異常に雑草が蔓延りまして、収穫が極端に落ちているのです。収穫が壊滅しては村は立ち行きません。今年は越の国主様が年貢を免除しましたが、来年以降も凶作なら村は維持出来ません。」
「既に弱った村でなければ、捨てられた村がすぐにダンジョンに呑まれることはありませんが、放置するのは危険ですね。それで、その雑草の見本はありますか。」
「こういう草が蔓延っています。」
越後屋はイネに似た枯れた雑草を何種類も取り出す。
「……普通の草に見えますね。名前付きダンジョンモンスターということは無さそうですが。」
「抜いても抜いても次々生えてきたそうで、草抜きが追いつかず稲が凶作になっています。」
「誰かが雑草の種を播いている……という可能性もありますが……。とりあえず、これらが図鑑にも載っている普通の植物なのか、この世界特有の野良モンスターなのか調べてみます。」
「ひたすら抜くしか無いんだろうか。到底人手が足りない。」
「まず、原因を突き止めないといけませんね。越の冬は寒く二毛作が出来る気候では無いでしょうし、来年の春までに解決出来れば良いでしょう。」
「元々、越は人口300万の大国で、稲作が出来るダンジョンもあり、備蓄もあるので即座に危険と言うことは無いが、来年以降も雑草が増え続けるようだと村を捨てなければならなくなる。」