040:騎士団? キシ団?
【丘の麓】
「書記長殿、岸団を連れてきたぞ。」
代官、吉田西市佑の後ろに付き従うのは、いつもの配下達に加え、20人ほどの男達。馬は見当たらない。
「岸団、岸播磨介だ。」
集団の代表と思われる初老の男が言う。
「全員徒歩ですが、騎士団?」
マリーが聞く。
「岸団だ。」
「馬が1頭も居ませんが、騎士?」
「うむ。岸だ。」
「書記長殿、この岸団は腕は確かな武士団だが、いささか性格に難があるため、多摩でも入間でも活躍の場を得られず浪人している。ここで召し抱えてくれないか。食い詰めて賊にでもなられたら困る。腕の良い賊なんて悪夢だからな。」
体の良い厄介払い?
「え~と、播磨介殿は馬には乗れますか。」
「むろん。騎馬身分は、岸田添下郡司と岸本会見郡司、某の息子2人の5騎。徒士が15人、あと霞ヶ関に家族や下男などが待機しておる。中間は禄に合わせて雇う予定だ。」
つまり、ラージャの馬を含め6頭居れば良い。
「人数から見て、必要な禄は2000俵くらいですか……。ですが、このダンジョン、この冬に水田を増やしても来年は2000石程度。当面は芋や燃料での現物払いになってしまいますが。」
「良いってことよ。そもそも、このあたりに米で禄を貰っている奴なんか居ない。普通は村を貰って芋や雑穀を年貢にする。いずれは村を1つ貰いたい。」
「あとは馬ですね。代官どの、やはり馬は難しいでしょうか。」
「難しいな。馬は馬食するから飼うだけで軽く年10両は必要だ。入間の南、多摩の府中は、比企なども含めこの国の中心となる町だが、そこまで行けば馬が居るとは思うが……居ると言い切ることも出来ない。」
府中と言っても東京競馬場では無いので、普段は美浦に居る。なんてことも無い。
「何も千里の馬とは言いませんが。」
「千里? 書記長殿は馬に過大な期待を抱いておるようだが、現実には千里など不可能で10里か15里。この辺りのように道中に宿も無いなら、徒士を伴う行軍では1日5里だ。街道なら8里から10里は可能だが。」
「千里は名馬の例えで、わたしも実際に千里走るとは思っていません。常歩で1日50km程度ですから、10里か15里というのは予想通りです。さすがに馬も1日全力疾走する訳にもいきませんからね。とはいえ、海賊の駆逐には馬は有用……。」
「馬に乗ったまま戦闘するのは難しいぞ。武士団でも戦場では馬から降りる事が多い。むろん、数十騎とまで行かずとも十数騎も集めて突撃できれば強力だが、そういう訓練は至難だし有用な場合は少ない。」
「十数騎……この騎士団3つ分。目指す価値はありますね。富国強兵でも貧国弱兵でも、道路状況から見て自動車の運用は困難な以上、機動的な騎兵隊は有用です。」
【第四層群1階応接室】
「こちらが、このダンジョンの治安維持を担当するラージャ将軍。」
「ラージャだ。よろしく頼む。」
「こちらが、騎士団長の播磨介殿だ。」
「岸播磨介。以降よろしく。」
「軍と警察は分離するのが古代ローマ以来文明社会の常識で、律令制時代の日本ですら兵部省と刑部省は別でしたが、このダンジョンでは、まだまだ規模が小さいこと、戦略が富国強兵か貧国弱兵か決まっていないこともあり、軍と警察は分離していません。」
「けいさつ? とは何であるか?」
「犯罪を予防し、取り締まります。つまり、町奉行みたいなものです。このあたりでは代官の仕事に含まれるようですが。」
「取り締まるにしても、法令はどうなっておる。」
「基本は、殺人は死刑、傷害は体罰、窃盗は罰金。ですが、きちんとした規則は策定中です。幸い殺人は起きたことはありません。」
「私が六法全書を元に作成中です。でも、法は知られていないと無意味ですから適用はまだ先です。」
「内容は必要最低限にしないと、特にダンジョンマスターが覚えられません。」
「某は敵の首を獲ることはできるが、刑罰で苦痛無く首を落とす技量は無いぞ。海賊ならむしろそれで良いが。」
「それだと、死刑の方法も考えないといけませんね。」




