391:いつものように不敬罪
【第三層群屋上展望台・世界樹】
「♪吹き~抜ける風は~空の~頂、降り~注ぐ光に~輝く湖、見渡す~大地は~緑に染まり~、遙かな~山波~青く霞む~。」
相変わらず音感ゼロのマリー。ただ、この曲……。
「♪煙も~立たぬ~貧しき~村と、稔り~乏しき~痩せた大地~。」
と続く、歴代天皇キャラソンの一つ。なお、高崎正風作詞の「紀元節」は、これより古い19世紀の曲であり、とっくに著作権は切れている。
「マリーさん、さすがに仁徳天皇を気取るのは不敬罪ではないかと。」
「ある意味で参考にしただけですよ。だいたい、別のキャラソンですが『兄は戦死し、次兄は溺死』なんて歌詞が存在する時点で不敬罪もなにもありません。さすがに四条天皇のキャラソンは無いようですが。」
せっかく北原白秋が海道東征で省略した部分なのであるが、無様に負けて逃げた挙げ句に遭難する。という逸話がある。そもそも考古学的には神武では無く天皇でも無かったのであるが。
「確かに神話なんて大概な内容だが。」
「ポンコツ駄女神がヒキニートした挙げ句に裸踊りに釣られて出てくる。なんて、おそらく酒の席で好まれた馬鹿話でしょう。」
「さすがに駄女神呼ばわりは……。」
「雄略天皇の夢に現れて『ボッチ飯は嫌。ランチメイトが欲しいの』なんて言うのはポンコツに決まっています。」
「マリーさん、さすがに共和主義者なんてことは無いだろうな。」
異世界では共和主義者は死刑。
「わたしはマルサス・ダーウィン主義、つまり『人種改良を国策に』と主張する科学的優生学であり、共和主義者でも共産主義者でもありませんね。ましてや、鳥に似た人間の家族制度を廃止し哺乳類らしい家族制度の導入を主張する哺乳類主義、真社会制を主張する真社会主義などではありません。」
「性別という概念を廃止してクローンで殖やせ。なんてことは主張しないんだな。」
マリーは性別が無くクローンでしか殖えない。
「確かに紫蘇科の修羅はシマムラサキみたいな例外を除き雌雄同体ですが……。人間や多くの畜生、一部の修羅に押しつけるものでも無いでしょう。他人は他人、自分は自分です。」
「まぁ、良いことでも悪いことでも何でも、この世界、無理に押しつけたら一揆が起きるからな。」
「一揆はダンジョンにとっては致命的になりかねませんからね。数万人が筵旗を掲げ農具を持って押しかける。というのは秩序だった示威行為ですが、そこでさらに対処を誤り悪化したら大惨事です。このダンジョンが住民に依存する存在である以上、住民との良好な関係は不可欠です。」
一揆では、通常は竹槍などの武器は使われない。武装蜂起が起きるのは統治者が見限られたとき。
「仁徳天皇に限らず、農業基盤の整備というのは古代から政治の基本だからな。」
「もちろん、ダンジョン影響圏は電化されているので竈の煙はありません。もっとも、仁徳天皇の時代も竈は普及していなかったので、竪穴住居の炉の煙ですが。些細なことは本質には関係無い。ということです。」




