387:アスベストの山
【火浣布の山】
かつては数千の住民が居た谷間の町も、今は砂漠の廃墟と化して、わずかな数の火鼠達が住んでいる。
「エーリクちゃん、新天地は見つかりそうかな。」
長老のティーリル・オーラヴスドッティルが声を掛ける。
「お婆さま、図書館都市と名乗る大ダンジョンが支援を申し出ました。このダンジョンが力を取り戻すよう協力してくれるとのことです。」
もう、いい年なんだし、ちゃん付けはやめてくれ。と思いながらエーリクは答える。
「……ダンジョンが……相手は畜生かな。」
「いえ、修羅です。」
「修羅ですか。彼らはなぜか我々を『ラットス・ノルベギクス』と呼びますが、ノルベギクスとは異世界にいる火鼠などの溝鼠に似た種族ということです。それはさておき、修羅が手助けを申し出るということは、必ず裏があります。」
「断るべきでしょうか。」
「エーリクちゃん、そうは言っていません。彼らは自分の利を第一に考える種族です。元々争いの世界の住民だから仕方ないことですが。つまり、修羅が支援を申し出ると言うことは必ず彼らの利益になること。それがこちらの利益にもなるなら協力すべきですし、ならぬなら襲撃して首級を挙げ、頭蓋骨で乾杯する。修羅は中身が木材ですから、骨が入っている人間や畜生よりは良い杯になるでしょう。」
火鼠を含む溝鼠は乾杯するとき「スコール」と言うが、これは頭蓋骨という意味。
「襲撃ですか。」
「昔は火鼠の数も多かったから、父上は時々、無礼な冒険者などを討ち取っていました。しかし、今は火鼠は少ない。ですから大ダンジョンと事を構えるのは一族の名誉を賭け、滅びの覚悟を持たねばならぬときだけです。でも、火鼠はその覚悟があるからこそ、大勢力に従属せず互角にやっていくことが出来ます。」
長老ティーリルは襲撃に参加したことは無いが、火鼠の歴史上には時々女戦士が出ていた。
「それで、エーリクちゃん、彼らの提案の内容と代償は聞いているかな。」
「彼らが求めているのは、あらゆる鉱石です。」
「鉱石など既に出ないですが、生贄でも用意するとでも言うのかな。」
「捕まえた餓鬼を持ってきて、当座の力とし、冒険者の町を作りダンジョンに力を与えると言っています。」
「餓鬼は石しか得られないから、わざわざ倒す意味も乏しいかな。杯にしたところで重すぎて、この年ではもはや持てません。」
「あと、ダンジョンの力を節約するため、食料と水を運び込むと言っています。」
「ああ、読めた。昔のように金を掘ろうと。しかも金など絶対ダンジョンとして収支は合わないかな。なにしろ金は鉄より数千万倍の力を要します。そこを外からいろいろ持ち込んで合わせようということかな。」
希少かつ精製が困難な元素ほど集めるのに力を要するが、ダンジョンコアは世界のコアから力を得ており、コアにはそれなりに金が含まれているため、さすがに金が鉄の数千万倍ということは無い。図書館都市ダンジョンが大量の水を用意出来るのも、世界のコアから水素を得ているため。
「人間なら金をやたらと欲しがると聞いたが、修羅が金などどうするんだろう。」
「人間との取引に使うんだろう。」




