386:火鼠
【第三層群屋上展望台・世界樹】
図書館都市ダンジョン世界樹。ダンジョンコアを内部に取り込み、ダンジョン影響圏内のあらゆる情報が集まるダンジョンの中枢である。映像は基本的に単に蓄積されるだけだが、異常があると世界樹と情報的に繋がっているマリーも気がつく。
「え~と、転送陣を叩いている……巨大な白鼠?」
【図書館都市ダンジョン・科小県・筑摩方面転送陣の途中】
カピバラほどもある巨大なネズミ。白い毛、目は鮮やかな赤。
「ロスマリヌス・オフィキナリス・紫蘇図書頭・マリーです。あなたが、わたしの転送陣に合図を送っていたのは、なぜですか。」
マリーが聞く。
「エーリク・クヌートソンだ。火浣布の山に棲む火鼠の一族で、我が一族の苦境に支援を求めに来た。」
「え~と、火浣布の山といえば秩父の奥のダンジョンでしたね。産物は石綿とのことですが。」
「うむ。ダンジョンマスターは遠い昔に亡く、以来、元はダンジョンモンスターだった火鼠の一族がダンジョンを管理してきた。かつては少量の金を産したため、それを人間に売って生活していた。」
ダンジョンマスターに寿命があるダンジョンも多い。
「え、金ですか。」
「しかし、200年前、武蔵の南東にあった大都市が瓦解、ダンジョンにあまり人間達が来なくなり、零落することになる。」
「金を買う人が居なくなったのですか。」
「いや、ダンジョンが得る力が減り、金を産出しなくなったと聞く。その後、鉄・鉛・亜鉛、さらには大理石まで売るもいずれも産出しなくなり、板東の衰退に伴い徐々に商人も訪れなくなり、50年ほど昔には万策尽きて鉱山をやめ、ダンジョン内で細々と生活してきた。もはや火鼠の一族も残り少ない。」
「収支が合わない状態が続いたと。」
「そして先日、ついに食料と水を産しなくなった。ある程度在庫はあるとは言え、早晩飢えるのは間違い無い。」
多くのダンジョンは主系列モンスターの生活に必要な物資も産する。図書館都市ダンジョンのように、生活物資、つまり水と肥料が主要産物と化している例もあるが。
「つまり、ダンジョンエネルギーが尽きかけということでしょうね。」
「我が父、クヌート・ビャルナルソンは、火浣布の山を離れる決断をしたが、他に住む場所が無い。ところが、ダンジョンの近くに別のダンジョンによる何か長大な物が出来たので、移り住む場所が無いか相談しようとした。」
「それが、この図書館都市の転送陣だったというわけですね。」
「転送陣なのか。ずいぶん大規模だが。」
「あの、火浣布の山は放棄するのですか。」
「仕方ない……。祖母は残ってダンジョンと共に朽ちると言っているが。」
マリーは、火浣布の山は位置的に比企郡あたりの村の背後になるので、崩壊しても跡地を影響圏に組み込むことは出来ない。と判断。
「昔は鉛・亜鉛や大理石を産したわけですよね。」
「そう聞いている。」
「それを捨てるなんて、あまりにも勿体ない。ちゃんと管理出来て、しかも餓鬼が支配していない鉱山ダンジョンは貴重ですよ。要はダンジョンにエネルギーを補給すれば良いのでしょう。」
「確かにそうだが、冒険者すら来ないし、もはや火鼠の数も少ない。村を襲うなんて海賊のようなことをしても、武蔵の国に討伐されておしまいだ。」
事実上攻略不可能なダンジョンは少ない。コアルームが部外者立ち入り禁止だったり、普通の人が入らない小さな棺桶が唯一の通路だったり、怒らせると怖いシャチのプールの底だったりと、極端な例は目に付くが例外。
「考えて見れば、鉱山ダンジョンは収支が合わなくなりやすい気がしますね。中で生じる感情と、運び出す鉱石が釣り合いにくいのでしょう。」
「……。」
「あの、火鼠の皆さんの食料は畑ですか、ダンジョンからの供給ですか。」
「『ぺれっと』と呼んでいるが、食事はダンジョンで産していた。今は出ないが。」
主系列モンスターが火鼠なので、ラットのエサが入手できる。
「確かに効率が悪そうですね。説明は長くなりますが、皆さんが住んでいることによってダンジョンが得るエネ……力より、皆さんの衣食住に必要な力の方が多いため、ダンジョンが衰退していると思われます。」




