385:何度でも蒸し返す解決不能な解決策
【第三層群屋上展望台・世界樹】
「やはり、道路を作るのに、セメントが足りなくなりそうですね。」
マリーは空間に展開された仮想窓を見ながら言う。地上142kmの宇宙空間だが、ダンジョンの機能で快適な環境が維持されている。
「じきに次の鉱床を探さなければならないが、いずれにせよ死んだダンジョンは掘ったらそれっきりだからな。」
「鉱山ダンジョンは基本的に餓鬼の領域ですから、修羅とはなかなか上手く行かないため、難しい問題があります。石灰石は生物起源なので、珊瑚ダンジョンとかあっても不思議は無いとは思いますが。ただ、古生代の絶滅動物の場合、はたして現代に畜生として存在しうるのか分かりません。」
「龍が居るんだから恐竜もいそうな気がするが、どうなんだろう。」
「生物学的には恐竜は今もそこらに居ますが、中生代の恐竜という話なら、分かりませんね。」
「結局、ダンジョンと言うのは産物が制約されるからな。」
「このダンジョンみたいに規模が大きくなれば、ある程度制約は緩和されますが、それでも限界はありますからね。現在は公共図書館・大学図書館・学校図書館及び図書館類縁機関の建物・蔵書及び備品。となっています。ただ、諸般の事情により図書館職員は召喚出来なくなっていますから、現状では図書館とは言えませんが。」
「ダンジョンモンスターの設定可能な経歴に無いからなぁ。」
「例えば、海賊船なら当然海賊が居るものです。海賊が居ないなら、商船か漁船か軍艦か難破船か何かですね。図書館も施設と蔵書だけでは図書館ではありません。現状、本の管理は世界樹で、貸し出しは武士に加え、足軽や中間を雇って対応していますが、全く不十分ですね。」
江戸時代同様に「物書き足軽」と言われる事務職は一代限りの終身雇用だが世襲が蔓延、「渡り中間」と言われる臨時雇いは年期契約。
「人材の育成は何年も必要だからなぁ。」
「いくら修羅が知能が高いと言っても、人間や獣人の10倍なんてことはありませんからね。ただ、このダンジョンで独自に教育したところで、正規の資格では無い。という問題はあります。」
修羅ゆえに、ごく自然に差別発言をするマリー。
「正規の?」
「資格を認定するためには有資格者が必要。というもので、いわゆる『服を買いに行く服がない』という状況です。基本的には、まずダンジョンモンスターでも眷属でも良いので有資格者を召喚しなければ始まりません。」
「何度も話題になるけど未だに解決出来ていないな。」
「直接ダンジョンで設定上の経歴を用意出来ない人材に関しては、それこそ異世界転生か死体憑依召喚が必要ですからね。」
「で、異世界転生は不可能と。」
「修羅や畜生の子供は記憶を保持した輪廻転生が出来ません。人間でも普通は記憶は消えますから、このダンジョンの住民にも異世界からの転生者は普通に居ると思いますけど、記憶がなければ確認出来ませんね。また、ダンジョンの住民には人間は何十万人も居ますが、彼らはダンジョンシステム上は侵入者であってダンジョンの支配下ではありませんから、ダンジョンで異世界転生者の親にすることは出来ません。」
「そして死体憑依召喚は方法が不明。」
「どうせろくな方法では無いでしょうし、調べるつもりも無いですが。それに、異世界の本には方法は載っていませんからね。いわゆる『憑依転生』を人為的に起こす方法で、生贄の死体に異世界人を召喚する。というものですが……。」
「いつ聞いても邪悪だな。」
「ただ、異世界の資格も原始時代には制度自体が無かった訳ですから、実質が伴っていれば、その辺は些細な問題かもしれませんが。」
「それはともかく、石灰石か。」
「もちろん石灰石も必要ですが、穴地獄から入手出来る鉄以外に、鉛・亜鉛・銅・錫なども大量に必要になります。ただ、『和銅谷』みたいにモンスターを倒して和同開珎。というのでは危険性も高くなりますし採算が取りにくいでしょうね。鉱石として産するダンジョンの方が良いでしょう。」
「この世界、どうなんだろうな。」
「調べた限り、一般的にはモンスターから道具や資源として産するようですね。例えば毛の国にあるクズゥ地下迷宮はゴーレムが出没する鍾乳洞で、これを倒すと石灰岩が得られるとのことです。」
「ゴーレムか。捕まえてきて道路工事に使えないだろうか。」
「内部に機械機構とかは無いですから、当然ダンジョン外では動きません。額に貼り付けた紙に『しんり』と書かれているので、うまく2文字消すと動きが止まるとのことです。」
「日本語なんだな。」
「普段使う言葉で管理出来るなら、ヘブライ語で正確に制御しなければならないのにイディッシュ語を母語とするラビ(ユダヤ司祭)が命令を誤って暴走する。という悲劇は避けられますね。異世界で本当にゴーレムを動かすことが出来たとは思えませんが。」
異世界は世界大戦でドイツが解体されナチはバイエルン王国の小政党で終わったため、イディッシュ語は中欧で広く使われている。