377:着工命令
【第三層群屋上展望台・世界樹】
「海豚池ダンジョンが道路工事を認めたと通信がありました。直ちに道路を着工します。名称は中山路にちなんで『中山自動車道』、孫文の石像が必要でしょうね。」
マリーはこう言うが、もちろん異世界江戸時代の中山道は孫文とは関係無い無い。夏なので袖なしの服と膝丈の薄手スカート。
「いわば国道1号ってところか。」
「異世界では国道14号(東京~軽井沢~岐阜~京都)相当でしょう。奥州方面が国道4号(東京~札幌~豊原)ですね。国道1号は静岡経由で名古屋・伊勢に向かいますが、この世界ではかなり遠回りになりますし、途中に厄介なダンジョンが居座って居ます。」
「どうせ箱根と大井川だろ。」
「はい。箱根は箱根八里と言うように直径約30kmの円形ですが、大井川は長さ数百kmもある蛇のように細長いダンジョンです。」
「迷惑だな。迂回させたくない。ということか。」
「幸い、このダンジョンの影響圏が、大井川ダンジョンの上流側を通過していますので、今後は迂回可能になります。大井川ダンジョンも、まさかそんな不毛な山岳地帯を使われるとは思っていなかったようですね。ただ、迂回と言っても、鳥兜府中から見附までは大井川を越えるなら500km程度ですが、迂回するなら一端東へ向かい、転送陣でこのダンジョンの中心部まで行き、さらに見附の北の方の山奥まで転送陣で移動し、後は徒歩ですから、歩く距離は600kmに増える上に転送陣の運賃も必要です。いずれ、この方面も自動車道が必要でしょう。」
「ああ、鳥兜は丹沢ヒルズの向こうになるから、国府まで転送陣では行けないのか。」
「丹沢ヒルズはマスター不在の野良ダンジョンですが、別に敵対的でもありませんし、天狗達の住処でもあるので、わざわざ滅ぼす必要は無いでしょう。それにダンジョンというものは攻撃手段が限られますので、丹沢ヒルズを滅ぼすのは困難と思います。」
「国道1号は当面放置か。」
「それがよいでしょうね。街道には接していませんが沿道には『天竜区』というドラゴンが居る巨大ダンジョンもあるとのことです。」
「ドラゴンか。ダンジョンから出られないとはいえ……。」
物理法則に反するダンジョンモンスターは名前付きであってもダンジョンから出られない、というか出たら死ぬ。
「それで、国道14号ですが、まず、読書村から、中津の北までは着工済み、大井までも既にルートが決まっていますから、即座に着工します。大井から海豚池は使節団が戻ってくれば地形も分かります。海豚池から不破関までは、直ちに測量部隊を送り込み、空中写真を撮影し世界樹に転送、どこに道路を通すか決めます。異世界なら濃尾平野ですが、この世界は必ずしも地形は対応していませんので、状況は不明です。」
「遠隔では無理か。」
「ドローンの航続距離は100km程度ですし、通信衛星が無いため地平線を越えると通信も出来ません。現状では、どうしても測量隊が現地でドローンを飛ばさないといけません。」
「塔という訳にも行かないな。」
「ダンジョン影響圏の端に80kmくらいの塔を作れば、理論上は不破関まで視界に入りますが、ダンジョン構造物は1つ1マイル、1.6kmで、中心の塔本体以外では複数重ねるのは難しいため、視界は145kmにしかなりません。」
「それだと、自動車の制御も難しくないか。」
「それは沿道の丘の上に通信施設を配置していくしかありませんね。自動車道で手動運転なんて事故が起きるだけです。異世界でも自動車道ではマニュアル車でも手動運転は原則禁止ですね。」
「そこが弱点だな。鉄道ならレールがあるので制御は楽になる。」
「それは仕方ありません。実際、奥州方面でも最初は簡単な工事用簡易仮設軌道を作っています。それを改修し本格的な工事用軌道にして建設資材の大量輸送用を行い、それから道路を作ってゆきます。道路が完成したら線路は撤去するか、大型トレーラー量産まで貨物用に使うかは決めていません。ミントは、例の『新幹線』とやらを試すって言っていますが。」
「ただ、今回は奥州方面の300kmではなく1,000kmだからなぁ。」
「まず、概ね100km間隔で作業拠点を作りつつ、工事用軌道と仮設の通信線を作って資材の輸送を可能にします。そして、各拠点に生コン工場を作ってから、一斉に道路を作っていきます。」
「え~と、何チーム必要なんだ。」
「拠点が、読書村、中津、大井、大井と朱鷺の中間、朱鷺、蝮の北、海豚池、犬の南西、足近村、大餓鬼、不破関なので11。工区は20ですね。端から順番に作っていたら何年かかるか分かりません。同時並行的に進める予定です。幸い、トンネルや高架橋はあまり必要無いと思われますし、何より用地買収が不要ですが、それでも最低5~6年は必要と思われます。」
「5年は時間が掛かりすぎる。餓鬼でも雇った方が早いかもな。鉱物界だけに。」
「餓鬼は必要ありません。そもそも、修羅主体のダンジョンと餓鬼はどうにも上手く行かないと思います。それに、道路完成までは暫定的に工事用列車に便乗を認めることも検討しています。」
異世界でも日本電力(五大電力会社の1つ)がダム管理用の軌道に登山者の便乗を認めている例がある。