375:海豚は邪魔者?
【海豚池ダンジョン】
「マスター補佐のウインドジャマーだ。邪魔なんて酷い名前で……。」
海豚池から海豚が挨拶する。
「それ、『邪魔』では無く異世界の言葉で、意訳すると『風を受け止める者』といった意味になり、大型で高速の帆掛け船を指します。」
スカーレットはイルカに言う。
「そうだったのか。母を早くに亡くしたので由来は聞いたことが無かった……。」
そういうとウインドジャマーは水面から飛び上がる。着水時に盛大に水しぶきがあがるが、スカーレット達が濡れないように向きは配慮。
「それで、どちら様で。」
「スカーレットです。東の図書館都市ダンジョンから来ました。」
「商都梅田の播磨屋久兵衛や。このダンジョンから電気が供給出来る。ちゅう話なんで、交易のために使えへんやろうか。」
「電気?」
「この海豚池に電気を使う町があるそうや。」
「町か。海豚は陸に上がらないので陸のことは分からないから、陸の者に聞くと良い。案内するから付いてこい。」
そう言うと、イルカは岸に沿って泳いでいく。すぐに池の畔に雑然と集まる建物が見えてくる。某野外博物館に、その時代の民家を多数追加で召喚して押し込み、獣人達が住んでいる。といった風景。
「こちらが村長のミタケ。この者達は西の商都梅田と東の図書館都市からの使者どの。」
一行を漆黒の牛頭を持つミノタウロスが出迎える。
「美濃牛のミタケだモー。海豚池は偶蹄類のダンジョン。そこの豚は仲間だな。」
ミタケは豚のデュロックを指して言う。言うまでも無くイルカはカバの親戚で偶蹄類。
「あとは修羅と、猿に兎に馬……か。ウシシシ。落ち目の奇蹄類め。今は偶蹄類の時代と思い知るモー。」
猿は居ないが。と思う播磨屋久兵衛だったが、人間は猿である。
「それで、西の変態の商都梅田と東の板東の図書館都市からの使者どの。だな。何の用か。」
「電気やな。この町は電灯があるさかい、電気は……あれは電車やないか。」
町の中を路面電車がゆっくり通り過ぎてゆく。電車の前は鹿獣人が旗を持って走っている。これは前走りと言い、電車が一般人を轢かないよう知らせるが、時々電車に轢かれる危険な仕事。
「ああ、電車だ。機関車もあるけど動かせないモー。」
町の住民は牛のほか、少なくとも鹿・猪・カモシカ・山羊が居る。文字通りの牧場ダンジョンだが、幸い獣人は人間ほど殖えないので、人口爆発による破綻が約束されている訳では無い。
「図書館都市から身終西端の不破関まで道路を作るのですが、車には途中で充電が必要です。このため、この海豚池から中山路まで電気を引き、充電したいと考えています。」
「商都梅田・身終・図書館都市を結ぶ鉄道を作るんやけど、電車は電気が必要やから、電線を引きたいんや。」
「でも、ダンジョンの電気をダンジョンの外で使ったら、ダンジョンが干涸らびたりしないかモー。」
「力を補充すれば大丈夫やけど、ここは街道から離れとるから面倒やな。」
「中山路に拘る必要はありません。大井から朱鷺を通り、真っ直ぐ海豚池に向かい、さらに井口にも山本にも寄らずに大餓鬼に行けば、ここを商人が通ることで自然とダンジョンは強化されるでしょう。おそらく距離も短くて済みます。」
「おそらく?」
「道路は将来的に曲線半径4,000m以上、勾配2%以下……つまり曲線は半径1里以上、傾斜は2分勾配以下。という仕様にしますから、地形を確認しないと、どこに作るかは決まりません。なお、今の技術ではトンネルや橋を作る事が出来ない部分は暫定的に急曲線・急勾配とせざるを得ませんが。」
「電車も曲線や勾配に制限はあるんやけど、そこまでや無いな。不便やな。」
「商人が増えるのは良いのですが、やはり電気を外へ引くのは危険が多そうだモー。もし破綻してダンジョンが無くなったら、どこに住めば良いのか分からないモー。」
「確かに、牛や馬ならともかく、海豚は塩水が必要ですから住むことが出来る場所は限られますし、砂漠を越えて移動するのも大変でしょう。図書館都市ダンジョンも海はありません。」
見沼の岸辺に白い砂を敷き、ハマゴウやナミキソウなど海浜植物、ついでにヤシ代わりのシュロも植えてみたところで、海では無い。
「つまり、この海豚池で充電をするのは構わないけど、ダンジョンの外へ送電線を引くことはできない。ということですね。」
「それでは電車が使えへんやないか。」
「ダンジョンに余力がどの程度あるか分からないので、不測の事態は避けたいモー。」
ダンジョンポイントが表示される世界では無い。あったところでエネルギーが資金ショートを起こしたらダンジョンは崩壊するが。
「電力を計測することは出来ますが、ダンジョンエネルギー、つまり力は直接は測定できません。十分な余力を持たせた範囲で運用する、動物だって空腹度は表示されませんから、普通は餓死しないよう十分余裕を持ってエサを食べます。あるいは、鉄道はすぐに時代後れになって不要になるため諦めるか。です。」
「十分な余力、ちゅうのが普通のダンジョンには難しいやろな。手っ取り早いのは生贄やけど、そないに簡単に首斬りまくる訳にもいかへん。そんで、この海豚池は意思疎通できる管理者がきちんと掌握しとるんやろうか。」
「海豚に丸投げで、陸の動物は関与していないモー。」
「ウインドジャマーさんは陸のことは分からない、ミタケさんはダンジョンのことは分からない。ということは、海豚池には統一された指揮系統は無いのでしょうか。」
「これまでは、それで問題は起きていないモー。」