368:異榻同夢(参考地図あり)
【第三層群屋上展望台・世界樹】
「奥州の日本駄右衛門を片付けたので、次は西ですね。将来的には身終経由で商都梅田まで自動車道が必要です。異世界日本の自動車道は地方では片側3車線が基本ですが、重要幹線なので片側10車線分、幅100mの用地は確保したいと思います。それでもいずれ不足すると思われますが。」
「それこそ貨物鉄道が必要かな。」
「鉄道は人の精神性に悪影響を与え危険ですが、貨物専用かつ法的に撮影禁止にすれば弊害は最小限で済むでしょう。ただ、政府がすべきことではありませんから、考慮しません。もちろん禁止もしませんが。」
「あと、影響圏外の道路となると、道路そのものの補修も必要ではないか。」
「……確かに、ダンジョン構造物ではありませんからね。」
「土木は専門外だが、コンクリートは長寿命とはいえ、30~50年程度で全面改修が必要になるはずだ。」
「ダンジョンの力によらない維持管理も必要ですね。でも、維持費が必要なら、むやみと大規模化する訳にも行きませんね。」
「それで、現状ですが、商都梅田から一定距離まではダンジョンの固有法則による鉄道があります。おそらく100リーグ、つまり483kmで123里でしょう。さらに200kmほど離れた身終国境の不破関までダンジョン産のレール等で人工的に作られた鉄道があります。合わせて距離は700kmくらいありますが1日で着くようです。」
マリーは地図を広げながら言うが、地図は不正確。
「転送陣以外では最速かな。」
「おそらく。飛行生物はダンジョン影響圏内に限られますから。そして、身終国内は『輪形石』という鉄道ならぬ石道がありますが、これは牛車による荷物輸送用で速度は遅くなります。奥州と違って馬や馬脚は少ない地域なので、欧州と違い駅馬車は十分には機能しておらず、不破関から中津まで東西900kmほどの横断には馬で20日、歩いて30日ほどが目安です。」
「お話にならないくらい遅いな。」
「中津からこのダンジョンの影響圏の端、読書村まで140kmなので、中津まで道路が完成すれば車と転送陣を乗り継いで、ここ、図書館都市ダンジョンまで1日必要ありません。」
「つまり身終が問題という訳か。」
「身終を1日で横断できれば、商都梅田まで3日です。ですが、このダンジョンの自動車も、商都梅田の鉄道も、電気が必要ですからね。送電するには電気抵抗の問題がありますし、発電所を作ってもトリウムが必要です。一方、影響圏外での転送陣の組み立ては現状では土木上の悪夢でしょう。商都梅田は鉄道で同じ事をやっていますが。」
「電気抵抗が問題か。」
「工作精度が最初の問題ですが、コアから供給される6,600Vの電圧では長距離送電には向きませんからね。影響圏の端から1,000kmも送電したいなら、超伝導線を作成出来ない以上、高圧直流送電が必要です。不可能ではありませんが現状では難しいと思われます。」
「蓄電池……は性能の制約があるな。」
「半導体電池は重量エネルギー密度が1~1.2kWh/kgと炭化水素燃料の1割に過ぎませんからね。もちろんエネルギー転換効率は高いですが、それでも2割か3割相当です。途中で充電しないと、それこそ極地法で電池を運ぶという壮大な無駄が起きてしまいます。」
「登山ならともかく。で、一部図書館の屋根にある太陽電池を流用する訳には行かないか。」
「太陽電池も放置という訳にはいきませんからね。でも、飛行機が無い現状では、まだましな選択肢でしょうか。ただ、召喚はダンジョン影響圏内、手間を考えるとシステムが使用可能な範囲となりますから、そこから太陽電池を運んで据え付け維持管理するにも、道路が必要です。1,000kmも遠くまで道路を作るには、大量の大型ダンプカーやミキサー車などが必要になりますが、図書館の公用車に無い車種は『生産』が必要で、現状では工業力が足りません。」
「しかも概ね100kmごとにコンクリート工場を作りながら道路を延ばさないといけないな。」
コンクリートは長時間の運搬が出来ない。しかも砂漠は暑く乾燥しているため条件は悪い。
【商都梅田・第一層群・箕有百貨店8階】
「板東の、確か『図書館都市』ダンジョンやったか。膨大な量の米を生産しているようやな。人口も100万くらい居るそうや。貿易を盛んにしたら儲かるんやけど。」
「間に居る身終が問題だな。牛車で何十日もかけて商品を運ぶなんて、到底採算が取れない。」
「電車があんまり遠くまで行けへんのは、電気抵抗やったな。そんなら、何らかの方法で途中で電気を補充したらええんちゃうか。」
「商都梅田から123里はダンジョンの機能で線路を作ることが出来、電気もダンジョンコアから供給される。しかし、その外側は人力で線路を引かないといけないが、電線では遠くまで電気を送ることが出来ない。変圧器で154kVに昇圧したところで、せいぜい50里か60里だ。」
154kVというのは商都梅田で入手可能な機器の制約。交流送電自体は100万Vのものもある。
「電気を補充しないとあかんわけやな。」
「ダンジョンコアからの供給以外で電力を得るには発電所が必要だが、発電所は駅の備品では無いため商都梅田では複製召喚できない上に、もしあっても石炭か水が必要だ。また、他のダンジョン、といっても電力が得られるダンジョンは珍しい。」
「まったく、ダンジョンと言う物は融通が利かへん。駅備品のみって制約はなんとかならへんのか。」
「ですが、もし駅所属以外の物も複製召喚されるなら、この付近の地下には大量の骨が召喚されますが。」
「骨って、そりゃ第一層群も第三層群も南東に墓地はあるけど、大量って。」
「梅田というのは死体を埋めた『埋田』が語源です。」
蒸気機関車なので都心部には乗り入れず、当時の町のすぐ外側にあった墓地に駅を置いた。
「あんまし嬉しくあらへんな。そんで、身終を速く横断するにはどないしたらええやろ。そないな方法があったら板東のみならず西の大国黍かて2日で行く事が出来るようになるやろ。」
「技術的制約が問題だろう。商都梅田以外には鉄道は存在しない。」
「大国の身終かて鉄道やのうて石道やからな。しかも牛車や。」
「駅馬車が大量にあれば、まだましだが、美濃牛(ミノタウロスでは無く動物の牛)は居るが、馬は少ない地域だから仕方ない。」
【身終・山本】
「変態と迷迭香の交易を盛んにして、宿代取ったり商人にいろいろ売りつければ儲かるぎゃぁ。」
ダンジョン国家では無い身終は年貢頼りで収入が限られる。身終国主、長田左馬頭(自称)は交易収入に目を付けた。
「ですが、殿、商人が増えると商人と偽って賊が出入りし治安が悪くなります。」
胡瓜修羅、桐生六郎が懸念を述べる。
「確かに、山本に異国者があまり多数出入りするのも困るし、隊商と偽って軍隊でも送られたら危険だぎゃぁ。中山路だって山本は通っていないぎゃ。そうだ、中山路に沿って、大餓鬼から井口・蛇原・蓑鴨・蟹を通せば良いぎゃぁ。」
「さらに、変態には鉄道、迷迭香には転送陣がありますが、我が濃尾の牛車はあまりにも遅すぎます。」
「六郎よ、そうは言っても、例えば龍の背に乗り飛べば速いだろうが、龍はダンジョンにしか居ないぞ。まさか濃尾を丸ごと龍の居るダンジョンに食べさせる訳にも行かない。」
「はい。武蔵すら、国そのものを迷迭香に与えてはいません。東は……自業自得でしょう。」
そもそもダンジョンは既存の町や村を呑み込むことは出来ない。
「龍ともなると巨体だし、ダンジョンの維持にどれだけ生贄が必要か分からぬぎゃぁ。ましてや飛島村、浮いている島だったか、そんな代物を自在に移動させるとなると……。」
「無理です。なお、『電車』も、『犬の町』近くの海豚池ダンジョンにはあると言えばあるが、到底輸送に使える物ではない。」
「この濃尾に電車があるかや。」
「海豚池には電車も機関車も存在しますが、石炭がないので機関車は動きませんし、電車も馬車どころか人が走るより遅いですから、使い物になりません。」




