364:奥州街道の現状
左遷城から北への道路が猫啼温泉に最も近づく場所、猫啼温泉の西7kmにウサギ駐屯地、沢井の村が作られた。
【第三層群屋上展望台・世界樹】
「仮設の未舗装道理では自動車は期待ほど役に立たないか。」
「はやく舗装しないといけませんね。当面の目的地は、街道が集まる大きな町である『本宮』。位置的に異世界の郡山に相当するでしょうか。」
「必ずしも一対一対応している訳では無いから福島かもしれないな。」
「二本松城より手前ですから、郡山でしょうね。ただ、影響圏の端から300kmもあるためサイタマイルタワーからの電波も届きません。ダンジョン外に中継局が必要になりますし、自動車の航続距離も足りませんから途中での充電も必要になります。しかし、電気を引こうにも超伝導送電線は化学的な組成が複雑なため、ダンジョン構造物として作ってから解除、なんて出来ません。」
「ただの銅線だと電気抵抗の問題があるし、それ以前に銅が足りなくなるか。」
「将来的には奥州の中心、多賀城まで1,000kmの道路が必要です。つまり原子炉を実用化するまで1,000kmの送電が必要です。飛行機を入手してからも重い貨物はトラックで運びますからね。さすがに1,000kmで荷物があまりにも大量になると、鉄道の方が効率的かもしれませんが。」
「海が無いから船が使えないと。」
「いっそ、大量の水を低地に流し込んで海を作る。というのも手ですね。でも水が100京tくらい必要ですか。ちょっと無理ですね。」
「低い場所に住んでいる人が大量に溺死しそうだな。」
「飛行機の製造に難航する場合、転送陣という可能性もありますが、これもダンジョン影響圏外で運用するには重大な問題があります。」
「速いことは速いんだが。」
「まず、転送陣の正体はリニアモーター式エレベーターですが、構造が複雑なため今の工業力では生産出来ません。商都梅田が鉄道でやっているように、ダンジョンの機能で召喚した物を分解して運び、設置して組み立てないといけませんが、高い精度が必要になります。」
「精度が悪いと事故を起こす。だろ。」
「はい。転送陣の籠は、わずか10cm程度浮上しているだけなので、誤差が数cmあれば大惨事になります。そして、次の問題は、転送陣は高速ゆえに急カーブは苦手で山を迂回できず、必然的に長大トンネルが必要になり、今の土木技術では手に負えません。」
「あくまでも基本はダンジョン内専用だな。近くに町がある場合にそこまで引く。くらいか。」
「それにしても、まさか奥州にカナートがあるとは思いませんでした。山に集まったわずかな水分を集めて引いてくることで、街道沿いに多数の村を配置していますね。」
「駅馬車を運用するなら馬でも馬脚でも2~3里おきに駅が必要で、駅以外でも地形など都合が良い場所には村を置いているんだろう。」
「駅馬車は白河から多賀城まで10日(昼のみ)、馬脚が1人で曳く人力車みたいな馬脚車は馬の繋ぎ替え時間が無いので3日半だそうです。ゴムタイヤが無いので乗り心地は最悪だそうですが。」
使い方は人力車と同じで、俥夫ではなく馬脚が曳く。
「ゴムか。図書館の公用車から部品取りするにも限界があるが、あれも植物だから、このダンジョンで栽培出来ないか。」
「南米産の樹木ですが、気候の問題もあり文明が江戸時代水準のこの地域には無いでしょう。比較的栽培が容易なジャガイモやサツマイモなら江戸時代同様にこの地域にもありますが。ゴム入手の可能性は少なくとも4つありますが、どれも難しそうです。」
「4つあれば、どれかは上手く行きそうだな。」
「まず、どこかに植物園ダンジョンがあれば召喚可能かもしれませんが、ダンジョンモンスター・背景ともダンジョンの外で育てることは出来ず、生物として召喚出来なければ栽培はできません。ダンジョンモンスターのままダンジョン内で増やすなら、十分なダンジョンエネルギーの供給が必要になってきます。」
「そもそも植物園ダンジョンがあるか。という問題があるな。このダンジョンにも植物園付きの図書館はあるが、『本質』が図書館なので植物は複製召喚出来ない。」
「次に、もしトウダイグサ科の修羅が管理するダンジョンがあれば、まずパラゴムノキ修羅を名前付きまたは名前有り一般モンスターとして召喚し、『本体』の植物を生成して、それを増やす。という方法があります。」
通常のダンジョンモンスターと異なり名前付きは生きている。
「可能性がありそうな気がするが。」
「ただ、ドウダイグサ科というのも分類のゴミ箱ですからね。秩序が維持出来ず崩壊しているのでは無いかと思います。『百合の国深谷』ダンジョンが崩壊した『禰宜の乱』も、『真のユリでは無いと科を追放されたけど』と、要は禰宜達がダンジョンの恩恵を受けていないと判明して反乱を起こしたのが原因です。」
「そうなるか。なら次は。」
「三番目に、直接タイヤモンスターが発生するダンジョンがあるかもしれません。そういうモンスターを倒せば製品のタイヤをドロップするでしょう。」
「商標的にいろいろと不味そうだな……。」
フランスのアレなどを連想したマスター。釘やガラス片を平気で食べる悪食という。
「この世界までは警察は来ませんからね。でも、そもそも、そういうダンジョンが存在するか。というのが問題ですが。」
「マリーさん、最期は?」
「合成ゴムですね。特殊な藻類から炭化水素燃料を抽出し、さらにそれを加工します。巨大な化学工場が必要になるという問題があります。」
「それはダメだな……今は到底手が出ない。」
「わたしとしては、ゴムはさておき、奥州にはかなり馬脚が居るようですから、何人か招聘して騎士団を強化したいですね。あと、中山競馬場ダンジョンも、そろそろ競馬を開催しないとダンジョンが保ちそうにありません。」
「ダートの直千なんて中山グランプリではないと思う。それに伝説の最速馬チョクセンバンチョは芝馬のはず。」
「競争馬を異世界召喚したって飼育できないでしょうし、今の弱ったダンジョンに芝コースを再生させるエネルギーは無いと思います。まぁ馬脚に騎手は不要では無いかとは思いますが、動物の馬と公平を期するためには騎手が必要でしょう。ただ、そうなると鹿獣人は不利ですね。」
「鹿には騎乗出来ないか。」
「無理と言うことは無いでしょうが、乗って高速で走らせることは難しいと思います。猿獣人が赤ん坊を抱えて走るなんて抜け道を防ぐため、一応、最低限の重さは決めた方が良いでしょうね。」
「斤量という訳か。牡57kg雌55kgとして、騎手は全員未経験だから3~4kg減かな。」
「西郷従道という騎手は90kgありましたし、蒙古馬は150kgの関取を載せられますから、別に走るのは競走馬でも無いですし、上限は要らないでしょうね。下限の方は、わたしより重ければ構わないのではないでしょうか。」
そもそも、ただでさえ体重が軽い修羅の中でも非力なマリーを規準にしたらいけない。馬脚ならともかく動物を扱うには筋力も必要で異世界の競馬騎手はマリーよりずっと重い。