356:キャットギターにしてやる
【第三層群屋上展望台・世界樹】
「今回ばかりは完敗です。」
マリーはダンジョン影響圏外を直接「見る」ことはできず、左遷城の東北東・猫啼温泉の南東、約70kmの山頂にある「サイタマイルタワー」は、標高差を生かし200kmの視界を誇るとは言え、遠距離では映像も不明瞭となる。飛行というのは大量に電力を消費するため、ドローンを常時滞空させて監視する訳にも行かない。鼠小僧は次々武家屋敷に忍び込み、商人達は次々襲われ、しかし海賊は1匹も捕まえられない。
「マリーさん、ダンジョンの外で守りを固めるには限界があるか。」
「左遷城を城下含め完全に城壁で囲い、隙間無く監視カメラを設置し、城門で顔認証を行い、日本駄右衛門一味を閉め出す。隊商は全て護衛付きの護送船団方式にする。全ての村に十分な数の兵士を常駐させる。これくらいは必要ですが、到底手に余ります。特に軍人の数が全く足りません。」
元からダンジョンは守りに強い上に近隣諸国への外征を考慮していないため、兵の数は少ない。もっとも近隣諸国も「武士」の過半は文官みたいなものだが。
「日本駄右衛門の討伐を諦めて、奥州へは那須塩原に生贄を渡して船を出すしか無いか。」
「船1隻に餓鬼1匹ですからね。今後奥州との交易が本格化したら、生贄が大量に必要になります。そして、那須塩原が完全な味方では無い以上、敵とまでは行かなくても潜在的には脅威ですから、あまり力を与えるべきではありません。極論を言うと全てのダンジョンには危険性があり、知能を持つダンジョンは脅威になりますが。」
「知能? 群馬鉄山も?」
「はい。優秀な管理者と高い潜在能力を持つ重大な脅威です。いまひとつ本人の自己肯定感が低い気はしますが。こちらの手の内を知られすぎていることもあり、おそらく、既にわたしには攻略不可能でしょう。末永く利害が対立しないよう対応していく必要がありますね。」
「それで、マリーさん、今のところダンジョン住民の人的被害はゼロだけど、これからどうする。」
「左遷城から北へ建設中の道路が猫啼温泉に最も近づく場所、猫啼温泉の西7kmにウサギ駐屯地を作り、反対側、猫啼温泉の北東12kmにある石川の村も制圧し、猫啼温泉に出入りする者は全員捕まえる。くらいの強硬手段は必要と思われます。」
「村を制圧すると住民との関係が悪くなりそうだが。」
「人間はいくらでも殖えますから、根切りしたって問題ありません。とはいえ、ダンジョン影響圏外で大々的な根絶作戦を行うのは大変ですし、民間人を撃つのはウサギが嫌がりそうですから、村の制圧では無く、猫啼温泉の包囲に留めましょう。」
「包囲しようとしたら逃げるのではないか。」
「本来の目的は奥州との交易で、日本駄右衛門の討伐ではありませんから、逃げるならそれで良いでしょうね。逃げられない猫啼温泉はキャットギターにして、いい声で啼かせてやると良いでしょう。」
「え……。」