343:不敬罪!
第三層群玄関前。召還時からあった浅い池が水田となっている。広さは0.3反(90坪)程度。
「それでは皆さん、第三回の御田植祭を始めます。」
マリーの挨拶はダンジョン内の全ての村にテレビ中継され、早乙女のコスプレをしたマリー達、紫蘇(修羅)が苗を植えてゆく。それに合わせて各村でも田植えが行われ、水田1枚を植えたらあとは宴会。というのは昨年と同じ。
「一昨年は10k㎡、昨年は2,000k㎡、今年は倍の4,000k㎡、つまり40万町ですね。人口は30万が70万と倍以上に増えていますが、農業以外もだいぶ増えており、田植えの労力は倍には出来ません。収穫は600万石の予定です。ただ、関八州と周辺の食料需要を考えると、来年の人口が100万人を越えたとしても、水田をさらに倍にまで増やす必要は無いと思われます。」
「最近は冒険者が、あまり食料生産ダンジョンには行かなくなったそうだな。『練馬大根畑ダンジョン』など、すっかり閑古鳥が鳴いているとか。」
「マスター、暴落するほど輸出はしていませんが、在庫が十分ある。というだけで値段は下がりますからね。この世界の社会構造上、米価が暴落したらサムライが困窮しますから、調整は必要です。俸禄は米ですから。」
「それで、人口は70万になったか。」
「修羅が7万から20万とほぼ3倍、人間が20万から40万と倍増、畜生は2万が10万と大幅に増えていますが元が少なかったためでしょう。」
「それで、ふと気になったが、『御田植祭』でマリーさんが稲の苗を植えているけど、異世界では御田植祭は皇室行事だから、これって越権行為、不敬罪には該当しないだろうか。」
神社は内務省神社局の管轄なので、神社で行われる御田植祭は問題は無い。
「マスター、わたしが紫蘇新皇でも自称したら朝敵でしょうか?……でも、世界自体が違うので大逆罪にはならないでしょうし、ここは日本領ではないので内乱罪にも該当しません。もし、この世界で京都相当の場所に自称朝廷があっても、その存在自体が不敬罪ですから、そんなものに従う義務もありません。突き詰めれば、法律なんか機能していないし、不敬罪を含め何をやっても埼玉県警に捕まる事はない。ということになってしまいます。」
「そういうことになるか。」
「もちろん、近隣諸国を敵に廻すと戦争が、民衆を敵に廻すと一揆が起きますし、ダンジョンの運営理念『物心共に健康で豊かな生活を実現する』を外れると、結果として獲得エネルギーが減ってダンジョンの崩壊に繋がりますから、独裁者みたいに好き放題は出来ませんが。」
「社会によって、ある程度は抑制されるということか。」
「平然と約束を破るようでは信用を失いますからね。攻めてきたガマガエルなどを皆殺しにするのは単なる『悪』ですが、近隣諸国であれ住民であれダンジョンの修羅や眷属であれ、約束を反故にするようでは統治の資質自体を疑われることになります。」
「そういうのが、社会の自浄力なんだろうな。」
「もちろん、自浄力が働くのは、社会が正常なら。ですね。共和主義とか共産主義とか特に無神論とか、そういうのが蔓延ったら社会自体が危険なことになるかもしれませんが。どうやら、異世界の労農ロシアは統計自体が信用できない状況ですし。真社会主義は一部の畜生にしか受け入れられないでしょうから、危険性は少ないとは思います。」
ちなみにマリーはマルサス・ダーウィン主義。別名「科学的優生学」。世界大戦でドイツが解体されナチが無かった異世界では一定の支持を集めている。真社会主義は人間社会に真社会制を導入するという思想で、この世界では真社会制の畜生が採用している。異世界日本では、共和主義は「国体変革」、共産主義は「私有財産制度の否認」と定義され、共和主義者は死刑。
「マリーさん、いずれ新皇を自称するつもりで?」
「この世界では法的な問題は無いといっても、さすがにやめておきます。関八州を安定させたら征夷将軍くらいなら自称しても構わないかもしれませんが。既に奥州の鎮守将軍や北方の鎮狄将軍が存在していますし。ただ、わたしは源氏ではありませんから、征夷将軍も好ましくは無いでしょうね。」
「混乱を招くか。」
「住民の生活が脅かされるのはダンジョンとして好ましくありません。このダンジョンの運営理念は『物心共に健康で豊かな生活を実現する』。まさに悪い経営理念の典型例で、具体性が無く抽象的ですが、人間牧場が住民の感情に依存している以上、指針としては適切だと思います。」