341:死んだダンジョンを探す
【第三層群屋上展望台・世界樹】
ダンジョンの最も高い場所、第三層群の上にある四角いスペース。土が盛られ世界樹が植えられているが、世界樹の根は支柱を抜け屋上庭園の方まで延びている。
「ダンジョンの機能を使うと割り切ってしまうなら、原子炉が無くても街道を作るくらいのセメントは生産可能でしょうね。カルシウムの供給源として石灰石は欲しいですが。」
ロスマリヌス・オフィキナリス・紫蘇図書頭・マリーは、世界樹の下に寝転がって目を閉じ、ダンジョンと意識を一体化させつつ言う。
「石灰石か。つまり鍾乳洞ダンジョンか。」
「埋蔵量4億tの武甲山や15億tの葛生は、この世界でもどうやらかなり大規模なダンジョンのようで、攻略は困難です。ですが、直径100mかそこらで、知能も無くモンスターもコウモリ程度しか召喚できない小規模ダンジョンなら、労災事故を起こしてダンジョンにエネルギーを与えるようなことをしなければ、重機で山ごと削り取ってしまうことも可能でしょう。冒険者達の話では武蔵の西には洞窟が多数あるそうです。一方、葛生に相当するのはクズゥ地下迷宮と呼ばれる直径15km程の単独のダンジョンのようです。」
「生贄、というか遭難者がけっこう必要なのでは。」
「直径は丹沢ヒルズの1/20程度ですから、生贄は10人の8,000分の1と推定され、計算上800年に1人程度で維持可能となります。もちろん概算ですから正確なところは分かりませんが、ほとんど必要無いでしょう。」
「ああ、三乗に比例するのか。」
「それで、鉱山は大抵は餓鬼の世界ですから、わたしみたいな修羅とは相性が悪いのです。ですから、餓鬼と交渉して鉱石を入手するのは難しいでしょう。あくまでも狙うのはマスター不在の小規模ダンジョン、あるいは死んだダンジョンです。石灰石なら、直径100m程度の鉱床でも100万tくらい入手可能で、片側2車線の道路なら500kmくらいは舗装できるでしょう。舗装以外に排水路や橋にもコンクリートは必要ですし、擁壁などにもコンクリートを多用すると消費量はさらに増えますが。」
「死んだダンジョンで石灰石は得られるのか。」
「ダンジョンが崩壊するとダンジョンの力は全て失われますが、物質そのものは残ります。このダンジョンから東に40km、野与の町の近くに崩壊したダンジョン『岩山の廃墟』がありますが、これは異世界では、どうやら砦ならぬ取手に相当し、大鹿城だったか大馬鹿城だったか、異なる異世界の競馬場・競犬場・競人場などが複合して複製召喚されたものです。」
丘の上なのでボートレース場になった世界は無いようだが、畜犬競技や回力球競技が行われている世界もある。
「つまり、鍾乳洞ダンジョンが崩壊すると、洞窟のうちダンジョンの力で維持されていた部分は崩れるけど、石灰岩は残るのか。」
「おそらく規模が小さければそのまま、大きければ天井が陥没しシンクホールが残ります。ダンジョン影響圏内は、わたしが意識を集中させれば、わたしが見分けられる程度の岩石なら調べられますが、ダンジョン影響圏外は分からないので、分冊百科や学習教材の付録の石灰石などを集めて、冒険者達に『これと似たものを』で探してもらいましょう。」
「徹底的に調べるには、地質学者が欲しいか。」
「でも、紫蘇(修羅)の召喚枠が残り3枠ですからね。将来、ダンジョン影響圏外に道路を広げ、交易路を整備するとなると、土木の浜田博士同様に建築にも博士持ちの専門家が欲しくなりますし、現在は仕様で召喚出来ませんが歯学・薬学の専門家も欲しくなります。」
「地質学者に割く枠が無いか。」
「特に、この世界で、鉱石がダンジョンにしか無いとすれば、現時点での地質学者の活躍の場は乏しくなってしまいます。本はいくらでもあるので、本格的に大学を機能させ、近隣分野の専門家を大量に養成できる体制が整えば、いずれは地質学の専門家も出てくるでしょう。」
【秩父山中・ダンジョン影響圏内】
砂漠の中に一群の白い岩があり、洞窟が開いているが、乾ききって水は流れていない。
「確かに石灰石です。」
化学者のレオノール博士のお墨付きが得られた。ダンジョン影響圏内に他のダンジョンは存在できないので、これは死んだダンジョンで間違い無い。
「ダンジョンの機能でこの石灰岩を回収して、珪素を含む普通の岩などと共に、セメントの成分を個別に合成し、それを混ぜる。でしたね。」
「用途に合わせた組成表通りの比率になるよう生産することが重要です。」
「原子炉は無理でも、石炭でもあれば、原始的な製法でセメントは生産可能でしょうが、この世界、石炭も見当たりませんからね。越前屋さんによると、遠方には石炭を産するダンジョンはあるそうですが。」




