333:俺たちの戦いはこれからだ!
【第三層群屋上庭園】
※ダンジョン影響圏外の道路
「マスター、春の農繁期までにやることの一覧が必要。ですか。」
「そろそろ農閑期だから、な。」
「11月に麦蒔きが終わったら、麦踏み以外作業は少なくなるため、春の2月頃までは比較的余裕が出来ますね。」
異世界の11月・2月相当。この世界の暦では無い。
「近隣諸国との街道は、この冬の間で完成させるのは難しいだろうか。」
「明治のはじめ、清水峠新道は30km程の道路に4年掛けていますから、ダンジョン影響圏外では同様に年単位で必要と思われます。ですから、まず徒歩や騎馬程度の山道を作り、順次改良する方が良いでしょう。今後、重機が揃いコンクリートが入手出来れば、トンネルや高架橋を伴わない初歩的な道路ならば、かなり早く完成すると思われます。」
「初歩的な、か。」
「これが自動車道となると、どうやっても工期は5年か6年くらい必要になります。」
「影響圏外の本格的な自動車道は、まだ先で良いだろう。電気自動車は長距離向きではないし、炭化水素燃料は生産出来ない。」
「電気自動車も電池を1tとか積んだら別ですが、そもそも異世界では電気自動車は近距離用ですからね。」
※左遷城付近の日本駄右衛門
「次に、日本駄右衛門の扱いですが、左遷城までの街道を作りつつサイタマイルタワーから監視し、もし影響圏又は隊商に近づいてきたらウサギと騎士団を出動させる。という方針を考えています。出てこなければ、攻撃ドローンなどが揃った段階で総攻撃ですね。」
「ダンジョンエネルギー的には生け捕りにして、ダンジョン内でギロチンでは無く本で処刑した方が得ではあるが。」
「海賊は元からどこの国の住民でも無いため人権もありませんから、罪の内容に応じて、本で焼いても、本を投げつけても、本で押しつぶしても良いでしょう。さすが残酷ですから、海賊以外は、もしやるとしても磔と鋸挽きに相当する重罪人だけですね。それに、普通の犯罪者なら得られるエネルギーはギロチンでも何でも誤差です。」
もちろん、この世界に人権という単語は無いが、海賊はどこの住民でも無いため人権は無い。
※農業機械の開発
「農業に関しては、移民の流入に合わせて村を順次増やすとともに、篤農家や在野の発明家に呼びかけて、春までに水田対応トラクターの試作機、動力田植機の試作機を開発します。」
「マリーさん、トラクターと作業機の接続規格は最初から指定なのか。」
資料を見ながらマスターが言う。
「はい。社会主義的で、あまり良い事では無いのですが、おそらく初期にはメーカーは多数乱立し、その後淘汰が進むでしょうから、互換性が無いと後で困ります。」
「マリーさん、プランテーションも着手だったな。」
「はい、影響圏南端まで水を引き、砂糖の量産を始めます。逆に、高緯度で標高が高い場所には水を引くことはできませんので、高原野菜という訳には行きません。」
「このダンジョン本体で栽培、という訳には行かないのか。高さは山どころでは無いし、ダンジョンコアを取り込んだ世界樹が頂上にあるので、水もある。」
「固有法則によるダンジョン本体の環境は別に涼しくはありませんからね。夏は30℃を越えず冬も5℃を切らず、極端に暑くも寒くもなりませんが。」
※内航水運
「ダンジョン内の交通ですが、引き続き道路の整備を進めると共に、見沼などダム湖を活用した水上輸送を本格的に普及させます。」
「船か。」
「船は自動車より遅いものの消費エネルギーが大幅に少なくて済みます。ベトン級戦艦は船体がダンジョン構造物なので丈夫ですが、ダンジョン影響圏外では使用できません。ですが、船体を鋼とすればダンジョン構造物から解除しても形状を保つことが出来ます。」
「水路が無いとどこにも行けないのでは。」
「府中は笹目ダム、国府台は市川ダムに面していますから、直接寄港できます。さらに、涸れ川の下流側に関しては、ダンジョン影響圏に入る部分にダムを造ることで理論的には運河化可能と思われます。上流側や水系が違う場所はどうしようもありませんが。」
「その点は鉄道の方が有利か。」
「ビッグリグを量産できれば鉄道は要りません。前世紀、異世界の山口県で石灰石の大量輸送が必要になったとき、ベルトコンベアと道路と鉄道が比較検討されましたが、道路・トレーラーが最も経済的で適切と評価されています。」
「でも、動力が電気ではな。そもそも電気自動車は幹線系の長距離輸送には向かない。」
「それこそ、電池の重さが10tを越えてしまいますからね。かといって、走行中給電は効率を考えたらトロリートラックになり、そうなると走行車線が制約されるため、タイヤより効率の良い鉄軌道鉄車輪で良くなり、それは電気機関車になってしまいます。」
「それこそ、例の、別の異世界にかつて存在した『新幹線』とか。」
「炭化水素燃料を調達しないと、本当に鉄道を作る羽目になりかねません。重油産出ダンジョンとか無いのでしょうか。」
「異世界日本には石油は樺太くらいしか無いからなぁ。台湾の苗栗出鉱坑とか小さいのはあるが、対応するダンジョンがあるのかどうか。」
※教育
「最期に、教育、人材育成は最優先で取り組みます。せっかく図書館に本が山ほどあっても活用出来ないことには無意味です。」
「それこそ、眷属の教師を大量召喚とかは出来ないか。去年と比べダンジョンの高さは5倍だから、召喚枠も倍くらいに増えていそうだが。」
「召喚枠は増えていませんね。そもそも上限なのか、小塚原刑場ダンジョンの暴走に伴う異常で、正規の拡張では無いという扱いなのか。それに、眷属はダンジョンエネルギーを生み出さず消費するだけですから、必要以上に人数を増やすべきではありません。」
「確かに。特に名前付きや名前有り一般は消費が増えるか。」
「その上、『要らなくなったらお役御免』という訳にはいきません。名前付きモンスターにも寿命があるダンジョンなら話は違うでしょうが。」
「とはいえ、哲学者や数学者に中学や女学校の授業をさせる、というのも。あれ、マリーさんみたいに性別自体無い場合、中学校なのか高等女学校なのか。」
「わたしは設定上、高等女学校卒ということになっていますが、それこそ雌雄同体の修羅や畜生は好きな方へ行けば良いのでは。輪廻転生で前世の性別が違う場合も別に前世の方でも構わないと思います。」
異世界でも私学には共学中学校がある。また県立でも実業学校はかなり共学化が進んでいる。
「それに、異世界の国々では教育費は地方も含めた政府予算の2割程度になりますが、それもダンジョンエネルギーで賄っていたら確実に破綻します。ですから、順次税制を整備して賄う必要があります。ダンジョンエネルギーは道路とか、教育費でも学校の建物など、ダンジョンの機能を使う方が効果的な用途に優先的に廻すべきでしょう。」
「税金か。ダンジョンなので取引の補足はやりやすいのでは?」
「ダンジョン内に関しては、おそらく所得税も付加価値税もダンジョンエネルギーさえ十分に使えば補足は可能とは思いますが、今後検討が必要ですね。」
御成敗式目には「神は人の敬によりて威を増し」とあるが、神ならぬダンジョンも人の感情と生命をエネルギー源にする。ロスマリヌス・オフィキナリス・紫蘇図書頭・マリーは、その本体である世界樹がダンジョンコアを取り込んだことで数十万の住民から巨大な力を得ており、破滅の運命を回避すべく次々と手を打っていく。
なお、図書館都市ダンジョンも、そのダンジョンマスターも、未だに固有名詞の名前を持たない。
当初予定を投稿完了したため、以降、追加での作成分は毎週日曜および随時投稿予定です。
第十九章「3年目の春」次回は10/20 5:00予定




