330:サイタマイルタワー
【第三層群屋上庭園】
「マスター、ダンジョン影響圏外の長距離偵察ですが、さすがに、本格的な無人航空機は手に余りますね……。」
マリーは何枚かの図面を見ながら言う。
「工作精度は19世紀水準、使用可能なエンジンが自動車用の電動機だけ。いっそ飛行船くらいか……ヘリウムが無いか。」
「飛行船なら水素を使うしかありませんが、無人なら炎上墜落したって構いませんね。村を空襲してしまわないよう注意さえすれば、どうせ下は砂漠ですから山火事も起きないでしょう。使い捨てにするには勿体ないですが。」
「それで、飛行船の場合、どの程度の距離まで見ることができるのか。」
「上空3kmを飛行するなら水平線距離は200km。影響圏の端から400kmを観察可能です。5kmなら500kmです。自律航行可能ならもっと遠方まで観測できますが、難しいでしょう。」
「有人飛行船にする、というのは難しいか。」
「詳細な気象データが得られない以上、安全性の担保が出来ません。しかも水素飛行船ですから、有人化は論外です。人を乗せるならヘリウムの確保と気象衛星が必要ですね。」
「気象衛星があるなら偵察衛星で世界中を見ることが出来るな。」
「それが出来れば良いのですが。結局、無人機はダンジョンから制御しないといけませんから、影響圏を大きく離れることができません。理論上は短波通信を使用すれば地平線の向こうとも通信可能ですが、電離層の状態によっては通信が不安定となり制御不能になる危険があります。」
「どうせ影響圏から遠くは離れられないのなら、むしろ、影響圏の端にある塔を、埼玉タワー程度の600m級ではなく、ダンジョン構造物で成層圏クラスにした方が早いのでは。」
「ダンジョン構造物だけで作った塔、ですか。ダンジョン管理システム上、単独のダンジョン構造物は最大で長さ1マイルなので、高さ1.6kmは可能です。ただ、システム上の話なので、それが上限とは限りません。」
「確か、ダンジョン影響圏もシステムの上限は500kmくらいだったな。」
「100リーグ、約480kmです。那須塩原でも最大半径350km程度、わたしが知っている限り、それより広いダンジョンはここだけです。高さの方も制約を超える方法はあるかもしれません。現状では不明ですが。」
「とりあえず、その高さ1マイル、埼玉タワーならぬ『サイタマイルタワー』の場合、どこまで見ることが出来そうか。」
「マスター、何ですか、その名前……。ちなみに、視界半径は約140kmとなり劇的な効果はありません。もしかしたら、科や狸の首都の場所が分かるかもしれませんが。越の首都は間違い無くもっと遠くですね。」
「それで、町を見つけたら冒険者を派遣すると。」
「すぐに、とは行きません。直線距離で140kmですから往復10日程度。補給だけで相当大がかりになります。しかも日本駄右衛門みたいな海賊が居たら現状では対処不能です。」
「無人飛行船でも爆撃は可能なのでは?」
「搭載量が限られますし、命中精度も低いですから、海賊退治には向きません。計画通り戦車が最適でしょう。」