327:トラクター密造事件
10/7(月)
【ダンジョン近郊】
見沼の辺にある工作機械工場は、ダンジョン構造物で作成した部材を組み立てた、全く装飾を排した単純なデザイン。眷属の指導の下、生徒達が工作機械の組み立て実習を行っている。
旋盤は使いこなすのに俗に10~20年と言われるが、からくり人形や家具の職人達は1年余りで工作機械をそれなりに使えるようになっており、形状が単純で設計図もある部品なら生産可能になっている。
「渡辺さん、工作機械の製造は順調ですね。」
機械工場担当の技術眷属は小林、実業学校卒(という設定の)の熟練眷属が渡辺・阿部・山口・大塚の4匹。いずれもダンジョンマスターと同じ種族。
「ああ、紫蘇長様、まだ量産品の精度には改善が必要ですが。」
もちろん始祖鳥ではなく、このダンジョンでの紫蘇(修羅)の始祖にして代表。という意味。
「あまり精度を要しない、かつ必要となる機械となると、モザンビークの国旗にもある労農ロシアのトラクターあたりでしょうか。買った方が早いのですが、異世界から買うわけにはいきませんからね。模造品ですが異世界から警察は来ないでしょう。」
『最も多くの種を絶滅させたトラクター』として知られる、環境に対する『大量破壊兵器』。砂漠にも泥沼にも強いのが利点。ただし、異世界日本ではほとんど使われていない。
「それは昨年秋に既に農業担当の大場博士から依頼を受けて、このダンジョンに合わせた電動型の先行量産までは成功しています。まだ耐久性などが不足していますが、この秋の麦より試用を始め、冬の間に量産へ移行し、来年の稲作から修理拠点の準備が出来た地域より順次投入を始めます。」
「アメリカ製の方が性能は良いのですが、高い工作精度が必要になりますからね。将来的には置き換えていきましょう。」
【第三層群屋上庭園】
「マリーさん、いよいよトラクターの試験投入だ。」
「はい、先ほど機械工場で聞きました。電動型なので1日1~2回は電池を交換する必要がありますが。」
「それでも、だいぶ農業が効率化できるな。社会制度の問題もあり、農場の大規模化という訳には行かないが。」
「土地への執着力が高いこの地域で、労農ロシアみたいに農業集団化なんて試みた日には100%一揆が起きますからね。最初から機械化を見込んで村の間隔を半里程度と広めに取っていますから、経営規模は1戸5町歩は確保できる予定です。水田は1~2町歩の平べったい桶ですが、機械化完了後は区切りの畦を撤去して農家1戸に1枚とします。」
実は労農ロシアでは百万単位で犠牲者が出ているが、崩壊していないためマリー達は知らない。
「規模としては十分なのか。」
「将来的にも都市圏の農家としては十分ですね。村の間隔が広すぎると散々苦情はありましたが、五反百姓では生活は苦しくなります。これでも穀物単作や酪農、野菜でも雇用労働力を多用するなら全然足りませんが。」
「ただ、村の間隔が数里にもなってくると交通の問題が出てくるな。」
「オーストラリアだと隣の家まで100kmとかありますが、日常的に飛行機が必要ですからね。ダンジョンから水を引く、という制約があるので、そこまで粗放的な農業は出来ませんが。」
江戸時代同様、農村は概ね50~80戸程度。人口は200~400人程度となっている。農村に住むのが「百姓」だが、本百姓(年貢の対象となる田畑や屋敷などを持つ)でも農地は無かったり家庭菜園程度、収入は農業以外という家も多い。農業中心の家は概ね半分から2/3程度。




