320:動乱の予感
【第三層群1階】
「図書頭どの、今年も米をありがたく頂戴する。」
入間代官、吉田西市佑は今年も1年分の米を受け取る。
「喜んでいただけて幸いです。」
「それにしても、今年の収穫は300万石か。300万……。ところで図書頭どの、ダンジョンというのは人が住まぬ場所にしか広げられないが、これほどの規模のダンジョンなら、仙波村の南側のように、村の領域ではあっても村から遠く全く使っていない土地ならダンジョンに組み込めないだろうか。もし入間郡の西の端まで転送陣があれば、何かあったとき即座に駆けつけられる。」
「さぁ。試したことはありませんが。以前には暴走して勝手に広がっただけですし。」
「出来れば、幡羅郡、埼玉郡、大里郡、横見郡、比企郡と、北の端から順番に確認して欲しい。」
「構いませんが……。」
マリーは武蔵の村と村の間を1箇所づつ確認してゆく。
「代官どの、可能な場所は4箇所。あることはありますが、でも、半里も無いような隙間ですよ。」
「転送陣さえ用意出来れば十分だ。」
「転送陣は、どうしてもかなり高く付きますが。かまいませんか。」
「時間短縮の意義は大きい。昔はここへ来るのに2日必要だったが、今は1刻も必要無い。以前は府中まで4日必要だったが、今は半日だ。」
それを聞き、マリーは村の間に影響圏を押し込んでいく。
「途中でダンジョンらしきものに当たって広げられないものもありますね。」
「それは仕方ない。」
「それにしても、武蔵にとっても、そんなに転送陣は重要ですか。」
「図書頭どの、何十万石の兵糧と速い輸送手段が揃った以上、戦が、まるで変わる。武蔵が滅びぬ為には転送陣は不可欠だ。実際、既に総は粟を抑えるために転送陣を使っている。」
「毛や相撲が武蔵に攻め込んだりはしないと思いますが。」
「そのあたりは。な。だが、もし西の甲か科が攻めてきた場合、転送陣があればこちらの村が襲われる前に反撃できる。」
「逆に攻めることもできるのでは?」
「残念ながら、甲は餓鬼の国で『餓鬼は石垣・餓鬼は城』といって即座に砦を作ることが出来、難攻不落だ。科は中心となる筑摩郡の大村も、大蛇の本拠地ナーガの町も、転送陣では届かぬ距離にある。」
「長野ですか。」
「ナーガ。長虫とは大蛇のことだ。長さは3丈、重さは30貫《110kg》もあるという。」
「3丈に30貫ですか。誇張では無く実際に居そうな大きさですね。」
「大蛇は人をも丸呑みにするという。そして、手が届くからと言って小県なんぞに首を突っ込んで戦上手の寸白一族に翻弄されるのも悪夢だ。科には手を出さぬ方が良い。」
ダンジョン構造物である以上、転送陣も守るには有用ですが、攻めるには決め手を欠きますからね。そもそも届かなければ何も出来ません。」
「武蔵としては、せいぜい、秩父の西・甲の北あたりは特定の国には属しておらぬから、安定を確保するためにこの一帯を抑えるくらいだな。有用なダンジョンでもあれば役に立つ。」
「ダンジョンがあっても、飼い慣らすのはなかなか大変だと思います。総の飯沼は、今年もまた遭難者が出たそうです。」
「あれだけ魚を産する以上、立ち入り禁止にも出来ないだろう。それこそ、ダンジョンマスターが居て交渉出来れば良いんだが、難しいな。」
甲から都留郡を切り離すことは可能かな。と地図を見ながら考える代官。