316:2歳の誕生日
【第三層群屋上庭園】
「マスター、今日でこのダンジョンが成立して? 発生して? 2年になります。」
先日の影響圏内視察で確認した情報を地図に登録しながら、マリーが言う。
「つまり、我輩も2歳になった。ということか。」
「この世界では年齢は『数え』ですから、わたしもマスターも3歳です。いずれにせよ小学校は、まだ先ですね。」
「マリーさんは年齢不詳だけど、どう見ても3歳には見えないだろう。」
「ダンジョンモンスターですからね。実年齢・外見年齢・精神年齢・設定上の経歴は整合しません。さらに、元から修羅は年齢が分かりづらいものです。」
樹木なら超音波か何かで年輪を調べれば良いが、修羅の人間体に年輪は無い。
「過去を振り返り確認する。というのは、マリーさんが寝込んだときに済ませたから、再度繰り返す必要も無い。」
「結局、根本の根本は分からないままですからね。おそらくマスターが何かやらかしたのでしょうが。それに、過去は記憶と記録に過ぎませんから。『未来と自分は変えられないが、過去と他人は変えられる。』です。」
「未来は変えられない?」
「はい、物理法則によって確率論的に決まっていますからね。あくまでも確率なので物理の限界により事前に正確に知ることも出来ません。マスターも量子論とかカオスとかはご存じかと思います。一説には、波動関数が収縮出来なかった場合に世界が分離する。とも言われます。」
「いろいろな異世界があるのも、そういうことかな。」
「異世界は相互に大きく異なりすぎる上に、無数にあるはずの『ほぼ同じ』異世界があまり見当たりませんが、単にダンジョンの機能の制約かもしれません。おそらく世界が大きく分岐する、決定的に重要な出来事、というのがあったと思われます。」
「決定的に、か。」
「分かりやすく説明すると、マスターはチュートリアルを飛ばしてわたしを召喚した訳ですが、量子力学的に何かの原子の状態が異なった影響で、チュートリアルを最期まで進めた可能性もあります。もっとも、この世界の異なる可能性は物理的には観測できませんが。」
「確か牛頭馬頭だったか?」
「美濃牛の司書でも召喚して図書館として運営していた場合、ですね。馬脚だったかもしれませんが。ギリシャ神話では馬脚は酔うと智恵と予言の力を発揮したそうです。」
ミーノータウロスは牛頭人身で牛頭。シーレーノスは馬頭人身の馬頭と異なり尾を含む下半身と耳が馬で、要はこの世界の馬脚。なお、馬頭は足が人間なので、馬ほどの速さで走ることは出来ない。
「誕生日とは言っても、我輩もマリーさんも誕生日ケーキは食べないからなぁ。」
「いつも通り、マスターはビール、わたしは液肥で乾杯すれば良いのではないでしょうか。」
混ぜ物の無い本物のビール。ただし異世界日本のメーカー品。
「図書館都市ダンジョンの未来に乾杯!」
「乾杯。」
なお、マスターとマリーだけなのは、ミント以下の加入は後日のため。
第一話が2023年の9月23日の夜投稿なので、こちらの世界では1周年となりますが、作中では2年経過しています。




